海は悲しきものがたりいふ
「……うちもね、昔は会話のない食事だったのよ。頼之にも不条理な想いをさせてしまったわ。」
頼之さんのお母さまはそう言って、私の手を握った。

「本当にまたいつでも来てね。あおいちゃんも。彩瀬くんも。」
華奢なかぼそい手のぬくもりに、私の目からほろりと涙がこぼれた。

その夜。
いつものように彩瀬のベッドに入れてもらったけど、何かが違った。

彩瀬はうつぶせに頬杖をついて、足をゆらゆらさせながら言った。
「あー。小門くんなら、いいよ?あーを任せても。」

……心臓を鷲掴みにされたように痛んだ。

「何の話してるの?」

彩瀬は、身体を捻って私のほうを向いた。
「あーがやっと僕以外の人に目を向けてくれて、安心した。」

!?

私は愕然とした。

彩瀬は一体何を言ってるの?
意味がわからない。

勝手に身体が小刻みに震え始めた。

「あー?」
私の様子がおかしいことに彩瀬が気づく。

両目から涙が滝のように流れる。
ぶるぶると首を横に振った。

「やだ……彩瀬じゃなきゃ……無理……何でそんなこと言うの?……私を……捨てないで……」
私は彩瀬の胸にしがみついて、むせび泣いた。

「あー、泣かないで。僕は一生、あーの兄だから。捨てるとかそんなふうに考えなくていいんだよ。」

彩瀬の言葉に私は滂沱する顔を上げて叫ぶように言った。
「兄じゃないっ!兄とか関係ないっ!彩瀬が好きだからっ!」

彩瀬は目を閉じて、顔を背けた。
「彩瀬!私、見てっ!」

お願い。
拒絶しないで。

「彩瀬!」

何度叫んでも、彩瀬はじっと目を閉じたまま、それ以上何も言ってもくれなかった。

私は口惜しくて口惜しくて……彩瀬の両頬を両手で挟み込み、無理矢理、唇に唇を押し付けた。

さすがに驚いたらしく、彩瀬は目を開けた。
そして、私の両手首を掴んで引き剥がすと、今度は彩瀬のほうから顔を近づけてきた。

唇の前に赤い舌が私の中に入ってきた。
驚いて目を見開くと、至近距離に彩瀬の美しい顔。
ひや~~~~!

彩瀬の舌が私の口中をうごめく。
自分の舌をどこに置いておけばいいのかわからない。
てか、息もできない。

どうしよう……。
も、いいや。

このまま窒息死して死んでしまいたい。
目の前が白くなる。

薄れゆく意識の中で、私は彩瀬の妖しいまでの色っぽさというものを、はじめて理解した。

……魔性……。
< 24 / 81 >

この作品をシェア

pagetop