海は悲しきものがたりいふ
小学2年生のとき、クラスの女子の幾人かが、私と友達になりたい、と、近づいてきた。
慣れないシチュエーションではあるが、フレンドリーに話しかけられるのはけっこう楽しかった。

はじめて友達ができた。
私はそう勘違いした。

しかし、彼女らのお目当ては、彩瀬だった。

確かに、小学4年生になった彩瀬は、誰もが振り返って二度見するほど美しい少年だった。
……自慢じゃないが、私も整った美少女なんだけどね……彩瀬の美貌は神々しいレベルだ。

私は、自分以外の誰かが彩瀬に近づくのすら許せない、心の狭い妹だった。
ましてや、私を餌に彩瀬を釣ろうとするなんて!
プライドがズタズタに引き裂かれた。

「彩瀬は、あんたらみたいなブスには興味ないわっ!」
つい、イラついてそう言ってしまった。
女子たちは、ワナワナ震えて、泣きながら私に手をあげた。

タイミングよく彩瀬がやってきて、私が頬を叩かれた瞬間を見てしまったらしい。

彩瀬は、私を抱きしめて、ただ号泣した。
私を叩いた女子を責めることもなく。
彩瀬らしいと言えば彩瀬らしいが、女子たちは完全に戦意喪失。
謝罪して、去っていった。

彩瀬はずっと泣きながら私の頭を撫でてくれてたけど、私は一滴も涙が出なかった。
馬鹿馬鹿しくて、ただ、腹立たしかった。

そして、今の今まで、彩瀬に守られてばかりだったけれど、これからは私が彩瀬を守りたい、とも思った。
薄々気づいてはいたが、彩瀬は、もてた。

男にも女にも子供にも年寄りにもオヤジにもおばさんにも動物にも。


行き過ぎた好意が暴挙に繋がる例は枚挙に暇ない。
彩瀬、小学5年生の夏。

その日、彩瀬は学校で姿を消した。
私は、いつものように彩瀬の教室へ行き、異変を知った。

みんなで学校中を探し回っても見つからなかったらしく、担任が母に連絡した。
母は血相を変えて学校に駆け付けた。
父もまた会社を早退して帰ってきた。
みんなが彩瀬を探す。
もちろん私も、泣きながら探し続けた。
彩瀬が行きそうなところは、全て。

……私を連れて歩いた砂浜、汽笛の響く波止場、近代建築の立ち並ぶ旧居留地。
南京街の小道も、山手の異人館の裏も、思いつく限り走り泣きじゃくりながら彩瀬を呼び、走り回った。

暗くなると帰宅したけれど、父も母も存在する私のことは目に映ってないようだった。
そこにいない彩瀬を心配し、歎き、何故か2人はお互いを罵り合って喧嘩していた。
子供の私の目から見ても、仲のいい夫婦ではなかった。
いつもどこかよそよそしく、お互いに、腫れ物に触るような両親。
彼らは、私がそばにいることも忘れて、口汚く責め合っていた。

アンナヲンナニイレアゲルカラ

バケモノヲツクリヤガッテ

ドウシテアノコナノ

最終的に2人は私を睨んだ。

イナクナッタノガオマエナラヨカッタノニ

……かろうじて言葉にはしなかったけれども、両親の目がそう言っているのを、私は正しく理解した。

私は彩瀬の部屋に逃げ込み、むせび泣いた。

彩瀬に逢いたい!

彩瀬!

彩瀬!



翌朝、彩瀬は神戸市北区の山中で発見された。

……裸で。
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