海は悲しきものがたりいふ
その日は、校内が妙に浮ついて居心地が悪かった。

バレンタインデーで男子も女子も色気づいてて気持ち悪く感じ、私は早々に喫茶店へと向かった。


ごちゃごちゃした駅前通りに似つかわしくない運転手付きの高級車を横目に、お店のドアを開く。

と、如何にも!!なおじさんが、ちょうどお店から出て来るところだった。

「おっと、失礼。……マスター、また来るよ。」


……一目見て、わかってしまった。

頼之さんの、お父さまだ。

もー、見たまんま、そっくり。

顔の造作もさることながら、醸し出す雰囲気が同じだ。


「……いらっしゃい。」

マスターがいつもよりぎこちない笑顔でそう言った。


「お邪魔します。」

いつも通り端の席に座ると、何も言わなくてもマスターがコーヒー豆を摺り始めた。

芳しいコーヒーを運んでくれたマスターに聞こうか聞くまいかちょっと逡巡していると、マスターのほうから口を開いてくれた。


「あおいちゃんの思ってる通りだと思うよ。私の口からは何も言えないから、頼之くんに聞いてみるといいよ。」

「……ありがとうございます。」


コーヒーを飲みながら、頼之さんへのメールを打つ……けど、途中でやめた。

顔を見て聞くべきことのような気がした。


放課後になるのを待って、高校へ向かった。

いつもと雰囲気が違う。

いろんな制服の子達が門から出てくる。


あ、そっか。

今日は、推薦入試の日だっけ。


バレンタインに入試か~。

完全に他人事の気分で、私はサッカー部に目を向けた。


グランドに、小柄な若いのが飛び跳ねてた。

……佐々木って言ってたな。

頼之さんが期待してた子、受験の日からもう練習に合流するのか。


どれどれ。

私は、フェンス越しにしばらく眺める。


……猿、やな。

身体能力の高さには感心するけど、ハイテンションと無駄な動きに苦笑してしまった。


おもしろいやん。



「まさか、あおいが来てくれるとは思わんかったわ。いや、期待はしてたけど。どうしよう、俺、めっちゃうれしい。」

さっきまでグランドにいた頼之さんが、いつの間にか私の隣に立っていた。


少女漫画のように、瞳がきらきらして、頬も少し赤い。

その顔を見て、はじめて後悔した。


「ごめん。何も持ってへん。」

忘れてたわけでもなく、どうせ彩瀬は拒否するだろうし誰にも渡す気がなかったのだ。


頼之さんは、目に見えてガッカリしてしまった。

無駄に期待させて喜ばせてしまったらしい。


……先月、修学旅行代わりのスキー旅行のお土産ももらってるのに、申し訳ない!

「話はあるねん。クラブ終わったら会えへん?今日、遅い?」


……その間にチョコレート、買いに走ろう。


「んー。ちょっと遅くなる予定。せっかく佐々木も来たし。これからは時間の許す限り、やりたいと思っとー。」

気を取り直した頼之さんはそこまで言ってから、私の耳元に口を近づけて小声で言った。


「佐々木、どう思った?」

「猿。無駄な動き多過ぎ。でも、頼之さんより身体能力高い。インターハイに間に合えばいいけど。」

「俺もそう思う。ほなやっぱり練習増やさんとな、あいつと俺だけでも。」


何だか邪魔しちゃいけない空気?

「わかった。じゃ、また今度。時間できたら教えて。」


何も話せないまま、帰路に就いた。

練習、遅くなるのか。

……あったかいココアでも差し入れたら、バレンタインの代わりになるかなあ。

いや、どうせなら、ケーキぐらい焼いて行こうか。


少し足をのばして、材料を調達した。


彩瀬も、ココアぐらいは飲んでくれるかな。
< 32 / 81 >

この作品をシェア

pagetop