海は悲しきものがたりいふ
彩瀬の四十九日の法要の二日前に、頼之さんはインターハイの開催される県に入った。
意固地なぐらい何も言わない頼之さんに、私もまた意固地になっていた。
けど、真新しいお墓に彩瀬のお骨を納めたら……何だか、気持ちが変化したようだ。
妙に落ち着いたというか、穏やかな気持ちになったというか。
彩瀬のいない生活に慣れたとは思えないけど、お腹の子供のおかげか、いつも彩瀬はそばにいてくれてるような、そんな安心感を抱くようになった。
「次は頼之さんを連れてくるね。」
お墓の彩瀬にそう告げて、私は決めた。
変な意地を張ってたら、一生後悔するかもしれない。
翌朝、独りで出発した。
青春18切符を使って、新快速と各駅停車で東へ東へ。
お昼過ぎに、試合会場となるスタジアム到着。
ちょうど前のゲームが終わったらしく、スタンドの観客が大移動中だった。
頼之さんはもうピッチにいた。
前のほうに行こうかとも思ったけれど、真夏の炎天下……妊婦にはきついよな。
仕方なく、スタンドの日の当たらないギリギリ端っこの最後方に座った。
……あっという間に頼之さんに見つけられたらしい。
頼之さんは、完全に立ち止まってこっちを見ていた。
早いな。
まあ、確かにスタンドは満員御礼ってことはないけどさ。
うちの高校の団体とはかなり距離を取って座ったから、却って悪目立ちしたのだろうか。
気恥ずかしいけど、右手を顔のあたりに挙げて、ひらひらと指先だけ動かしてみた。
頼之さんは、苦笑しながらこっちに向かって歩いてくると、右の拳(こぶし)を挙げてアピールして寄越した。
やばい……かっこいい。
ピタリと頼之さんの足が止まった。
顔がこわばってる?
頼之さんが、ぺこりと頭を下げた。
……数段前にスーツのおじさん……来たんだ……頼之さんのお父さま。
お互い、完全にマスターの口車に乗せられてるねえ。
ゲームが始まる。
……実力差がめっちゃあるわけではない……けど、敵さんは大舞台でのゲーム経験が豊富らしく普段通りのプレ-ができてるのに対し、うちはガチガチみたい。
頼之さんが、叱咤激励して部員を動かそうとしてるけど、まともに動いてるのは佐々木の猿だけ。
「ああっ!」
すぐ斜め前の女の子が双眼鏡を覗いて声を出した。
佐々木のファンか?……生意気にそんなもんまでおるんか、あの猿。
隣の男がパタパタと扇子で扇いでる。
……お香のような白檀のような香りが、今の私には少し気持ち悪い……。
あかん。
私は、おさまりそうにない吐き気を抱えてトイレにダッシュして、胃の中のものを全て吐きだした。
4ヶ月まで妊娠に気づかなかったせいかつわりもなかったのだけど、どうやらムスク系の香りはダメらしい。
スタンドに戻ると、ちょうどハーフタイム。
さっき佐々木を双眼鏡で追っていた女の子が、独りでため息をついていた。
扇子の男がいないので話しかけようかな~と思ったら、背後からあの香り。
気持ち悪い。
「由未~、ドリンク。暑いし水分補給してへんと、脱水症状なるでぇ。」
柔らかいじゃらじゃらした京都弁に扇子……苦手だ。
その場から撤退!しようとした。
「ありがとー、お兄ちゃん。」
信頼しきってる甘えた「お兄ちゃん」に、胸が疼いた。
兄妹、なのか。
うらやましいな。
……彩瀬。
普通に兄と妹として生きたら、運命は変わったのかな。
彩瀬、もう少し長く生きてくれたかな。
意固地なぐらい何も言わない頼之さんに、私もまた意固地になっていた。
けど、真新しいお墓に彩瀬のお骨を納めたら……何だか、気持ちが変化したようだ。
妙に落ち着いたというか、穏やかな気持ちになったというか。
彩瀬のいない生活に慣れたとは思えないけど、お腹の子供のおかげか、いつも彩瀬はそばにいてくれてるような、そんな安心感を抱くようになった。
「次は頼之さんを連れてくるね。」
お墓の彩瀬にそう告げて、私は決めた。
変な意地を張ってたら、一生後悔するかもしれない。
翌朝、独りで出発した。
青春18切符を使って、新快速と各駅停車で東へ東へ。
お昼過ぎに、試合会場となるスタジアム到着。
ちょうど前のゲームが終わったらしく、スタンドの観客が大移動中だった。
頼之さんはもうピッチにいた。
前のほうに行こうかとも思ったけれど、真夏の炎天下……妊婦にはきついよな。
仕方なく、スタンドの日の当たらないギリギリ端っこの最後方に座った。
……あっという間に頼之さんに見つけられたらしい。
頼之さんは、完全に立ち止まってこっちを見ていた。
早いな。
まあ、確かにスタンドは満員御礼ってことはないけどさ。
うちの高校の団体とはかなり距離を取って座ったから、却って悪目立ちしたのだろうか。
気恥ずかしいけど、右手を顔のあたりに挙げて、ひらひらと指先だけ動かしてみた。
頼之さんは、苦笑しながらこっちに向かって歩いてくると、右の拳(こぶし)を挙げてアピールして寄越した。
やばい……かっこいい。
ピタリと頼之さんの足が止まった。
顔がこわばってる?
頼之さんが、ぺこりと頭を下げた。
……数段前にスーツのおじさん……来たんだ……頼之さんのお父さま。
お互い、完全にマスターの口車に乗せられてるねえ。
ゲームが始まる。
……実力差がめっちゃあるわけではない……けど、敵さんは大舞台でのゲーム経験が豊富らしく普段通りのプレ-ができてるのに対し、うちはガチガチみたい。
頼之さんが、叱咤激励して部員を動かそうとしてるけど、まともに動いてるのは佐々木の猿だけ。
「ああっ!」
すぐ斜め前の女の子が双眼鏡を覗いて声を出した。
佐々木のファンか?……生意気にそんなもんまでおるんか、あの猿。
隣の男がパタパタと扇子で扇いでる。
……お香のような白檀のような香りが、今の私には少し気持ち悪い……。
あかん。
私は、おさまりそうにない吐き気を抱えてトイレにダッシュして、胃の中のものを全て吐きだした。
4ヶ月まで妊娠に気づかなかったせいかつわりもなかったのだけど、どうやらムスク系の香りはダメらしい。
スタンドに戻ると、ちょうどハーフタイム。
さっき佐々木を双眼鏡で追っていた女の子が、独りでため息をついていた。
扇子の男がいないので話しかけようかな~と思ったら、背後からあの香り。
気持ち悪い。
「由未~、ドリンク。暑いし水分補給してへんと、脱水症状なるでぇ。」
柔らかいじゃらじゃらした京都弁に扇子……苦手だ。
その場から撤退!しようとした。
「ありがとー、お兄ちゃん。」
信頼しきってる甘えた「お兄ちゃん」に、胸が疼いた。
兄妹、なのか。
うらやましいな。
……彩瀬。
普通に兄と妹として生きたら、運命は変わったのかな。
彩瀬、もう少し長く生きてくれたかな。