海は悲しきものがたりいふ
……パジャマやのに……自分の部屋に戻らないんや。
こんな夜中に?別の病棟からわざわざここへ来た?

おかしいやろう!

私は意を決してそっとドアを開けてみた。
電気は消えていたけれど、廊下からの薄ぼんやりした小さな明かりでかろうじて中が見えた。

そこには、彩瀬が壊れたおもちゃのように崩れ落ちていた。
生気のない青白い顔に、何も映らない瞳をうつろに揺らして。

「彩瀬……」
私は彩瀬のもとにかけより、引き起こそうとした。

ひっ!
彩瀬の足元……正確にはお尻のあたりに、ぬるりと嫌な感触。
目をこらしてよく見ると、赤と白の混じり合ったどろりとした液体。

彩瀬……。
また……男の人に……犯されたんだ……。

私はボロボロと涙をこぼしながら、彩瀬を引っ張った。

「あーちゃん。泣かないで。大丈夫だから。あーちゃんは、僕が守るから。」
私の涙で彩瀬は自分を取り戻したらしい。

「彩瀬。自分のことも守ってーな。こんなん、口惜しいわ……」
私は彩瀬にしがみついて泣きじゃくってそう言った。

「ごめん。ごめんね。あーちゃん。僕は大丈夫だから。泣かないで。ね?泣かないで。」
彩瀬はギプスで不自由な体で、何とか私を抱きしめてあやそうとしていた。


私をなだめると、彩瀬は自分で汚された部分をトイレットペーパーでぬぐって拭き取った。
そしてトイレの床も、除菌クリーナーを噴射したトイレットペーパーで拭いた。

「僕の服、汚れてない?」
「うん。」
「そう。よかった。じゃ、これで証拠隠滅。あーちゃんも、忘れるんだよ。何もなかった。ね?」

彩瀬はそう言って、私に微笑みかけた。

……私は涙を飲み込み、唇をかみしめた。
彩瀬、慣れてる。

2年前に山中で犯されてから、今夜までの間にも、こういうこと、あったんだ。
ひどい。
今まで、私にも、誰にも言わず、独りでやり過ごしてきたのか。

「彩瀬……何で笑えるん?こんな目に遭っとーのに……」
私なら、耐えられないだろう。
くやしくてくやしくて、絶対に相手を許せない。

また新たな涙がこみ上げてきて、私はボロボロとこぼしながら彩瀬をにらんだ。

彩瀬は、ひどくけだるそうなのに、聖女のように微笑んだ。
「だって、あーちゃんじゃなくて、よかった。それに、あーちゃんが、僕のために泣いてくれてるよ。ありがとう。」

ばか!あほ!
私は心の中で彩瀬を罵った。
……シャレにならないから、彩瀬にこの類の言葉は絶対言わないけど。

本当に、この白痴美少年は、どうすれば守れるんだろう。

24時間一緒にいて監視し続けたいよ。
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