海は悲しきものがたりいふ
夢まもらせてやはらかに寝る
光(ひかる)と名付けた彩瀬ジュニアは、日を追うごとにさらに美しい赤ちゃんになってゆく。
新生児室で寝ているだけで、ベビー雑誌のモデルにスカウトされた……もちろん断ったけど。

両親は、光に彩瀬のフィルターをかけて見ているらしく、デレデレになって日参した。
正直なところ複雑な気分ではあったが、まあ、2人にとって血を分けた孫であることは間違いない。
以前母が言った通り、本当の家族になれるならそれでいいんだけど、さ。

退院の日が近づくと、両親が恐る恐る切り出した。
「うちに帰ってこない?」

や~、やっぱり孫って本当にかわいいんだな~。
まさかの掌(てのひら)返しに、怒る気にもなれなかった。

「彩瀬ジュニアだけ?私も一緒でも、いいの?」
嫌味のつもりでそう言ったけれど、母には全く通じてなかったらしい。
「もちろんあおいもよ!当分授乳も大変でしょ。……それに、光くんが夜泣きしたら頼之くんの受験勉強の邪魔になるし……まだ入籍してないなら、一旦、家に帰ったら?」

痛いところを突かれた。
確かに、頼之さんが受験に集中できないのではと心配はしていた。

でも、法的に親子関係を成立させて喜色満面の頼之さんの気持ちを考えると……。


タイミングよく来てくださった頼之さんのお母さまに、うちの母が直談判した。
お母さまは困惑していたが、お優しいかたなので母にほだされたようだ。

「まあ、うちには今まで通りいつでも遊びに来てくれたらいいし……とりあえず帰ってみる?それに、頼之がもし受験に落ちた時に光くんを理由にしてほしくないし、ね。」

こうして頼之さんの預かり知らないところで、私と光の身柄は実家へと移ることになってしまった。

退院の荷造りを手伝いながら、お母さまがぼやいた。
「……やっぱり先に入籍しとくべきだったわね……それでも産後しばらくは実家に戻れって言われるかしら。」
「すみません。」

実の母が私ではなく彩瀬ジュニアの光と一緒にいたいのに対して、頼之さんとお母さまは光はもちろん可愛いけどそれ以上に私と暮らしたがってくださっている。
それがわかってるだけに、悲しい。

「あおいちゃんをその気にさせられない頼之が悪いのよ、ぜーんぶ!」
お母さまはそう言ったけれど、私は自分も責められてるような気がして落ち込んだ。


放課後、頼之さんが来てくれた。
「家に帰るって?」
「……うん。とりあえず頼之さんの受験が終わるまではその方がいいのかなって思って。……また、しんどくなったらお世話になっていい?」

頼之さんは、無理矢理笑顔を作ってうなずいてくれた。
胸がズキッと痛む気がした。
私を尊重してくれすぎだよ……頼之さん。


実家に帰ると、おもしろいぐらい様変わりしていた。
彩瀬の部屋が、彩瀬ジュニアのためにリフォームされている。

たくさんの遊具やベビーベッドまでは想像ついたけど、まさか壁紙や家具まで変えるとは。
毎夜しのびこんだベッドも、なくなっていた。

淋しいけれど、光の寝顔に目を落とす。

……ここに、確かに彩瀬がいる……それでいい。

光の唇が、うにゅうにゅと動いたのを見て、私は笑顔をもらった。
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