フルブラは恋で割って召し上がれ
「まだ始まったばかりよ、夏目さん。果物がお店に来るまでの大変さを知ったあなたなら、きっといい仕事が出来るわ。マネージャーがうちのファームに連れてくるのは有望だって認めた人ばかりなのよ。だから、自信持って、ね」
喉がひゃっくりをあげているので返事が出来ず、ただただ頷くばかりの私。
あのマネージャーが私に期待してくれるのかなぁ……。すぐには納得出来ないけれど、今はただりんごの香りと一緒に優しい人たちの想い出に包まれていようと思った私なのでした。
そして、気になる研修後のレポート提出と試験の結果は……、
なんとか合格点が取れたみたいで、無事、楽市の社員になれた私。
「まぁ、及第点ギリギリといったところだな。現地での研修の様子と、研修後に樹家いつきけへ送った礼状と菓子折り。これを加味して合格とする」
斉藤マネージャーから辞令を受け取って、ホッと一安心。
「礼状と心づけを送るのはさすが元秘書だな。気配りが出来ている。――いや、君の場合は外面の良さ、だったかな?」
事務所の椅子に足を組んで座り、机に頬杖ついて私の反応を待っているような斎藤氏。唇の端を意地悪そうに少しだけ上げて見せて。
でも、負けないんだから! 青森でしっかり鍛えられてきたんですからねっ!
「自信がある、と申しました。では、失礼します」
営業スマイルでそう言い切ったものの、心臓ドキドキ言わせながら踵を返してドアへ向かう私にマネージャーの声が届いた。
「期待してるよ」
振り返って見るまでもなく、笑いをこらえているようなその声。
もう……この楽市で働いている限り、絶対言われ続けるんだろうな、って覚悟を決めて私は事務所をあとにした。