フルブラは恋で割って召し上がれ
 
 業を煮やしたように、斎藤氏は大股で倉庫の中に入ってくると、私の目の前に立ちはだかった。
 店内よりも照明の明るさを落とした狭い室内。長身の斎藤氏が蛍光灯の光を遮ってしまっているので、私の顔に影が落ちる。見上げた斎藤氏の表情も暗くてよくわからない。

「業務命令。拒否権、無し。――わかった?」
 そして、つい、と動かした手が私の胸元に伸びて……。

 ――え?

 一瞬、呼吸が止まってしまった私。ま、まさか、セクハラ? いくら意地悪上司って言っても、それだけはしないって信用してたのに。
 思わず目をつぶって体をこわばらせた私の耳に届いたのは、聞いたこともない斎藤氏の優しい声だった。

「これ、まだ付けてくれてるんだ」

 って、斎藤氏の手が触れたのは、私の名札につけていた梨花ちゃん作のりんごのブローチ。
 顔はよく見えないけれど、声の感じで微笑んでいるのはわかる。

「じゃあ、仕事が終わったら店の前で待っているように」

 そう言って店内に戻っていく斎藤氏。
 私はフルーツの入った籠を持ったまま、その背中を見送っていた。胸の奥がちくん、とほんの小さく疼くのを感じながら。

 私には意地悪ばかりなのに、梨花ちゃんのブローチにはあんなに優しい顔をするんだ……。

 ちくん、ちくん。――胸の奥で小さな針が心を刺す理由(わけ)を、そのときの私は気付くことも出来なかった。


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