フルブラは恋で割って召し上がれ
前菜が届いたときに、斎藤氏が窓の外を指さしたので私もつられて、その指し示した方に目をやった。
外を行き交う人の合間に見えるのは、道路の向こう側の商店街。明るい光、暖かな光、そんないくつかの灯りの列の中に、一件だけ電気のついていないお店があった。
「あそこに楽市・三軒茶屋店をオープンする」
「え? 新店舗ですか? オープンはいつ頃に?」
「予定では再来月。リフォームが済んだらすぐに新従業員の研修を始める。――クリスマス前にはオープンさせたいね」
「はぁ……」
駅前だし、人通りも多いし、立地条件は申し分ない場所。
こんなお洒落な感じのところで仕事出来たらいいなぁ、なんて考えながら前菜の温野菜のテリーヌにフォークを入れたとき、斎藤氏がとんでもないことをのたまった。
「店長は、夏目杏花」
「は?」
フォークとナイフを持ったまま、間の抜けた声を出してしまった私。
「よろしく頼む。宮本店長が復帰したら、新店舗について打ち合わせや準備があるので、あちらの店舗から一旦本社に移動になるのでそのつもりでいて欲しい」
私が新店舗の店長?
そりゃさっき、こんなところで仕事が出来ればいいなって思ったけれど、それは決して店長としてではないから。それに、入社してまだ四年めの女に店長任せてもいいの?
「――まぁ、今日はそれよりも聞きたいことがあってね」
車で来ているので、ミネラルウォーターを頼んだ斎藤氏。勿体ぶってグラスを掲げ、こくりと一口、喉に流し込んだあとでこう聞いてきた。
「なにかあった?」
あ、それって斎藤氏に今日一番にかけられた言葉。そういえば、宮本店長のぎっくり腰騒ぎで答えをうやむやにしたままだっけ。
まさかここまで連れてこられて聞かれることになるとは。