フルブラは恋で割って召し上がれ
「い、いえ。特別なにも」
笑ってごまかそうとしたのだけれど、斎藤氏の切れ長の鋭い目が視線を外すことを許してくれない。蛇に睨まれた蛙ってきっとこんな心境なんだろうな。
「なにもないとは思えないから聞いているんだけどね。あんな風に心ここに在らずで仕事をされては困る。君は私情を仕事に持ち込まない賢い女性だと思っていたのだが」
本当のことを言わない限り、延々と説教されるような気がしてきた……。仕方ないと腹をくくり、私は斎藤氏の言葉を遮るようにこう言った。
「彼と別れたんです。正確に言えば、今朝、いきなりメールで三行半つきつけられました。ケンカして、自分ではいつものことだから仲直り出来ると思ったのに、彼はケンカした時点で私との関係を終わらせてたんです。――以上」
息継ぎもせずに一気に言って、グラスワインも一気飲み。
私の剣幕に圧されたのか、斎藤氏は何も言わず右手で顎をつまむようにしてしばらく黙り込んでいた。
「――そうか。すまない。そんなことがあったとは、君の様子からは感じ取れなかったものでね」
素直に謝られて、ちょっと調子が狂ってしまう。
「失恋したにしては、泣いたふうでもなかったしね」
鋭い観察力に、ドギマギしてしまう。
「ど、どんなふうに見えたんですか? 私」
私の問いかけに、斎藤氏は短く唸ってからきっぱりと言い放った。
「失恋の痛手というよりは、いつも楽しみにしていたドラマが予想外の展開の最終回を迎えて、今までの楽しみに観ていた気持ちが行き場を失くし、これからどうしていいかわからない……って宙ぶらりんになっている感じかな?」
なんて具体的な例え方……! って絶句したけれど、今の自分の気持ちを言い表すなら斎藤氏が言った言葉がすごくしっくり来るのに私は気がついた。あまりに突然のことに自分の気持ちが置いてきぼりになりすぎて、和也を好きだった気持ちまで見失ってしまっていたんだ……。