フルブラは恋で割って召し上がれ
子供の頃にお祭りで買ってもらった風船。
次の日の朝になるとシワシワにしぼんじゃって、もうふわふわと宙に浮かぶことはなくて。
糸を離したら空に飛んでいっちゃうよって言われて、しっかりと握りしめて大事に家まで持ってきたのに。
自分で息を吹き込んでも風船は浮き上がることはなくて、ゴミ箱に捨てた遠い日の記憶が蘇る。
その時の気持ちと似てるかも……。
寝る前までは『風船』だったものが、目が覚めると、『シワシワのゴム』に変わってしまったこと。
同じものの筈なのに、もう二度と元には戻らないもの。
子供の頃はなぜそうなったのがわからなくて、姿の変わったしなびた風船をなんの感情もなく捨てちゃっていたんだよね。
――私、いつの間にか気の抜けた風船みたいになってたのかなぁ……? だから捨てられちゃったのかな……。
そう思っても、やっぱり泣けない。
それに、今この場所で泣いたりしたらマネージャーに迷惑かけちゃうもん。
美味しい食事なのに、喉を通るたびにため息に変わりそう。
「――もっとも、君はそんな男のために泣く必要はないと私は思うがね。恋愛も商売と同じだ。必ず相手が存在する。自分の感情だけで相手を切り捨てるならば、それなりのフォローをしなくてはいけない」
メインディッシュの黒毛和牛・フィレ肉のグリルに手際よくナイフを入れながら、まるで会議室でプレゼンをしているような口調で斎藤氏が喋りだした。
「君と彼の間に、どんな経緯があってケンカをしたのかはわからないが、私ならそんな手で出てくる相手には二度とコンタクトは取らない。――もし君が今回のことが不服で彼を訴えたいというならば、良い弁護士を紹介するが?」
「え!? い、いえ、そこまでは、さすがに……」
「冗談だ」
表情も変えずに、優雅に程よく焼けたフィレ肉を口に運ぶ斎藤氏。彼が言うと冗談に聞こえないから怖い。
「君は楽市の大事な社員だ。労働に支障がきたすようなことが君の身に起こっているなら、私が君を守る」