おいてけぼりティーンネイジャー
その日は写経にチャレンジした後、うっすら雪の積もったお庭をお散歩させてもらった。
「ほな、暎慶、頼むな。知織ちゃん、またおいでぇ。」
祖父だけでなく忙しい現貫主の叔父にも見送られて、私は暎慶さんの運転する車で家まで送っていただいた。

車中、ちょっと緊張した。
暎慶さん、坊主頭も低い声も艶っぽいんだもん。
「あの……暎慶さんって、有職(ゆうそく)読みですよね?本当はどう読まれるんですか?」
はゆよし、じゃないよね。

「『てるよし』ですが、そう呼ぶ人はもう誰もいません。母が亡くなり、寺に入りましたので。」
事情がわからず、私は何も言えずに押し黙った。
クスッと小さく暎慶さんが笑った気がした。

ちらっと見ると、暎慶さんは笑いを納めて、前方を見つめたまま言った。
「おひいさまは、私を『てるてる坊主』とおからかいになりました……覚えてらっしゃいませんか?」

「!!!」

覚えてない!
けど、言いそう!

てか、私、今もちらっとそう思った!
成長してないってことか!?私!

「子供ゆえの残酷か、女性ゆえの残酷か……得度したばかりの私には泣くほどつらかったのを覚えております。」
そう言われて、私は慌てて謝った。

「ごめんなさい!覚えてません!でも子供だったからやと思います!」
「……そうですかそれも覚えてらっしゃいませんか……これを言えば思い出してもらえると思ってました。残念ですね。」

あまり残念そうに聞こえないのは、なぜだろう。
迫力すらある冴え冴えとした凜々しさが無表情に見せてるのか。
……感情がこもってないのか……。

「とりあえず、おひいさまは勘弁していただけませんか?父におひいさんって呼ばれるのすら恥ずかしいんです。」
そうお願いすると、暎慶さんは首をかしげるようなそぶりを見せた。

「さあ、どうしましょうか。小さい頃からそうお呼びしてましたので、難しいですねえ。」
聞いてないし!
てか、覚えてへんし!

「結婚したら、奥様とお呼びしますよ。それまでは、やはり、おひいさまですね。」
暎慶さんの微妙な言い回しに、私は違和感を覚えた。

それ以上ツッコんで聞くのをやめて、口をつぐんだ。
何か、こわい。
この人、ただの親戚じゃない気がする。

暎慶さんは、自宅前に私を下ろすと、迎えに出た父に深々と合掌礼拝をしてから、車に乗り込んで帰って行った。

「お父さん。あの人、誰?私、覚えてへんねんけど。ほんまに親戚なん?」
父はちょっと困った顔をしていたが、

「寒いし家に入りよし。話はそれからでもええやろ?」
と、家の中へと誘(いざな)った。
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