おいてけぼりティーンネイジャー
「暎慶さんは、次の貫主になる子ぉや。」
居間で紅茶を飲みながら、父はそう言った。

「次の?叔父さん、お子さんいはらへんから、養子に来はったん?」
父は言いにくそうに言った。
「いや、あいつの子ぉやねんけどな、本妻さんやのぉて、祇園の芸妓(げいこ)に産ませた子ぉやねん。お母さんが亡くならはって、しょうことなしに寺に入ってんけど、期待以上に優秀な子ぉやってなあ。結局、弟夫婦の養子におさまったわ。」

叔父さんっ!
……いや、京都の花街が仏教界で持ってるってのは知ってるけどさぁ……。

「金勘定だけじゃなくて教義にも熱心なエエ子ぉや。留学しとったから視野も広い。知織は、暎慶くんのこと、どう思った?」
「どうって……容姿端麗な切れ者。」
怖い人、と最後に思ったことは内緒にした。

父は何度かうなずいてから、言った。
「愛情に飢えた淋しい子ぉや。仲良ぉしたって。」

その言葉に、私は確信した。
祖父と叔父だけじゃない。
父も、望んでいるんだ。
……あの暎慶さんと私が……結婚することを。


「嘘-!それって、婚約者ってこと!?」

28日の夕方、由未ちゃんが我が家にお泊まりに来た。
両親と共に和やかな夕食の後、私の部屋でお互いの近況報告をし合った。

……さすがに、暎(はゆる)さんと母とのことや、暎さんが私の父かもしれない、なーんて話は不確定過ぎてできない。

とりあえず、暎さんとは上手くいっている。
けど、暎慶(えいけい)さんを宛がわれそうな雰囲気だった……ことを話した。

「まさか!単に、みんなから無言のプレッシャーを感じただけ。」
私はぶるぶると震えた。

暎慶さんはあの時、「結婚したら」と言った……高校生の私を相手に慇懃無礼なぐらい敬語で話してたくせに、「結婚したら」だった。

もし、私が誰かと結婚したら、って意味なら、「ご結婚されたら」とか「なされたら」とかじゃない?
あの「結婚したら」は、暎慶さん自身が当事者だから敬語がなかったんだと思う。

「これっぽっちも私を愛してないくせに、結婚前提で話すって、どうよ!?怖すぎひん?しかも『奥様』って!愛のかけらもないやん!あり得へんっ!」
由未ちゃんはうなずいて、ため息をついた。

「すごいね~……知織ちゃん。ドラマみたい。」
……いや、本当はドラマにもできない薬物暴行絡みのドロドロなんだけどね。

寝しなに暎さんから電話があった。
「こんばんは~。ご無沙汰してます。明日のチケットありがとうございます。すごく楽しみです。」
由未ちゃんがそう挨拶すると、暎さんは軽~く誘った。

『こちらこそ、いつもアリバイご協力、ありがとう。そうだ、明日、開場前に楽屋においでよ。』
「え!?いいんですか!」
『どうぞどうぞ。あ、でも、知織はダメ。由未ちゃんだけ、ね。』

おいおいおい。
「何、それ~!ずるい!~!」
私がぶーっと拗ねると、暎さんは満足そうに言った。

『知織は公演後まで、お預け。楽しみにしてるよ。』
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