おいてけぼりティーンネイジャー
母の顔が、真っ青になった。
「……一条くん……」

よろめいた母を父がしっかりとホールドして支えた。

暎さんは、父と母に向かって深々と頭をさげた。
「大晦日の忙しい時に突然お邪魔して、すみません。」

父もまた、母と暎さんの確執を知っているのだろう……温厚な父にしては珍しいほどの強い眼力で暎さんを見て言った。
「何の御用でしょうか?」

暎さんはハッキリと言った。
「裕子さんに昔のことをあやまりたくて、それから、知織さんと結婚の許可をいただきたく、参りました。」

……何の策略もたてず、正攻法で猪突猛進な暎さんに、私は軽いめまいを覚えた。


「おひいさん?……昨日の電話、このおひとさんのことですか?」
父の声がちょっと怖い。

私は、両手で暎さんの腕にぎゅっとつかまることで、かろうじて立っていた。
「……うん。」
蚊のなくような声でそう言うのが精一杯だった。

暎さんは私を見て力強くうなずき、父はそんな暎さんを困った目で見て、母は暎さんと私の顔を何度も見比べた。

「裕子。」
暎さんの呼びかけに、母がビクッと震えた。
「あ、いや、裕子さん。……知織を産んでくれて、ありがとうございました。」

暎さんはあやまりに来たって言いながら、母にそう言った……いや、それ、お礼だよ?
ずれてるよ、暎さん。
次、何を言い出すのか心配で心配で、私は暎さんの腕を引っ張った。

「お願い、今日はもう、帰って。」

「いいえ。……二度と来ないでください。知織にも、二度と逢わないで。よくもそんな……」
そう言いながら母が枝折り戸を開けて、こっちに向かって来た。
母は私の手を暎さんから引き剥がすように掴み、すごい力で引っ張った。
「知織!その人から離れなさい!」

……当然そうすべきだったのだが……私は、思わず母の手を振りほどいてしまった。
「知織?」
信じられないという表情で母が私を見ている。

自分でも自分の行動がわからない。
言葉も出ない。
涙すら出ない。
でも暎さんから離れられなかった。

暎さんは、それを私の意志と捉えたのだろう……私の両肩をぐっと掴んだ。
……驚くほど力が漲ってくるのがわかる。

「お母さん、ごめんなさい。何も知らんと、暎さんと出逢ってしまってん。……事情を知っても、それでもどうしても、暎さんと生きたいねん。」

親不孝って自覚してる。
でも、暎さんの両手から伝わってくる想いに呼応する自分の心を偽ることはできなかった。



大村知織、16歳の大晦日。

このまま暎さんと駆け落ちも辞さない覚悟で、母と対峙した。
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