おいてけぼりティーンネイジャー
まゆ先輩は短距離、特に400mを得意としていて、先月の通信大会ではとうとう県で1番になった。
……胸なんかあったら邪魔で走れないだろうし、それでいいのだろうが……溌剌とした美人さんなだけにもったいない気もする。

「もうちょっと女子に愛想よくしたら?一条は気づいてないみたいだけど、今も何人もの女子が一条を見てるよ。」
そう言いながらまゆ先輩は俺の顔を両手で挟んでぐりっと校舎のほうに向けた。
……けっこう痛かった。

「何すんですか!」
慌ててまゆ先輩から離れて、ストレッチの続きをした。
触れられた両頬が熱い。

確かに、校舎の窓からも、金網の向こうにも女子が何人もこちらを向いているのが見えた。
でも俺を見てるとは限らないし、百歩譲って俺を見ていたとしても、それは俺のうわべに興味があるだけだろう。

……この容姿。
陸上部で朝から晩まで太陽を浴びていても他の部員よりなぜか白い肢体に、日本人離れした彫りの深い顔立ち。
白色人種の血は混じってないが、ハーフに間違えられることもしばしばだ。

乳幼児期はかわいいと言われ、就学すると綺麗と言われ、最近はかっこいいと言われている。
どれも俺には、顔をしかめたくなる言葉だった。

もっと俺の心を、俺の理想を、俺の魂を理解しようとしてくれないものか。

……誰にもわかってもらえないものなのだろうか。


「はい!ウィンドスプリント始めて!……一条、プラトンはほっといて、フォーム意識しなよ!」
まゆ先輩の号令に他の部員が笑った。

くそっ!
俺はグランドに飛び出して、本気で走り出した。

わかってるよ!
別に、プラトンで頭がいっぱい、というわけでもない。
俺がプラトン哲学をじっくり考えるのは、アップやダウンの長距離の時だけ……いやまあ、だけではないが、少なくとも短距離では考えないぞ。

まゆ先輩と同じく短距離、それも100mが俺は一番好きだ。
頭が真っ白になれる。
世知辛い社会からも、窮屈な現実からも、解放される歓喜の時間。

……それに……11秒を切ると、イディアの世界へ飛翔できる気がした。


部活が終わると、全身汗だくになる。
公立中学校にシャワー室はなかったが、夏場だけプールのシャワーを借りて汗を流した。
たまたまタイミングが合うと、水泳部員と一緒になることがあった。

ピッタリとした競泳用水着を身に着けた女子の身体は、直視できないぐらいまぶしかった。
陸上部の女子とは筋肉の質が違って、水泳部の女子の身体は引き締まっていてもぷにっと弾力がありそうだ。
特に、陸上部の女子には見られない、一様に発達した柔らかそうな胸!

手を伸ばせば簡単に届く距離に、あまりにも無防備だろうと思うのだが。
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