おいてけぼりティーンネイジャー
「帰るわ。」
俺の腕の中からアリサが顔を出してそう言った時には、とっくに日付が変わっていた。

「電車、もう動いてないよ?」
「タクシー拾うから。」
こともなげにそう言ったアリサに、俺は少し気おくれした。

そういえば、当時からお嬢様っぽいとは思ってたけど……今日アリサが着ている服はブランド品だな。
こんな安アパートの部屋で初体験させちゃって、悪かったかな。
俺は頭をかいて、自分の不甲斐なさを恥じた。

手早く身支度を済ませたアリサを、最寄駅のタクシー乗り場まで送った。
待機していたタクシーに乗り込もうとするアリサの腕を引いて、もう一度口づける。
「……俺、今、こんなんだけど……絶対売れて成功する、なんてとても言えないけど、アリサを惨めにさせたくないから、がんばるから。また逢ってほしい。」
そう言って、事務所の名刺を渡した。

アリサは黙って俺の胸に顔をすりつけてから、うなずいた。
「……私しか出ないから。」
そう言ってアリサは2つの番号を、俺の今渡した名刺の裏に記して突き返した。

アリサからは連絡する気はないけれど、俺はいつでも連絡していい、ってことか?
番号に目を落とすと、当時はまだ一般的ではなかった番号の羅列。
今思い出すとおかしいぐらい大きな携帯電話と、自動車電話をアリサは当時持ってた。

アリサの乗り込んだタクシーが小さくなるのを睨みながら、俺は名刺をぐっと握った。
……成功してやる、と珍しく本気でそう思った。

もうすぐ他の男と結婚する彼女にふさわしくなりたい、か。
俺は大馬鹿野郎だ。
自嘲的に笑いながら、俺は自分の部屋に帰った。

その夜は、とても眠れなかった。
手術痕の痛々しいアリサの体がただ愛しくて……一度抱いただけで彼女を帰したことを後悔した。
朝までに新しい曲を1曲作ってしまい、さらに少しの仮眠の後、夕方までにもう1曲できてしまった。
……まだ作れそうだったけれど、これ以上は今夜のライブに遅れてしまう!


アリサを想って作った曲は、ライブでも評判だったので、次のシングルとして売り出した。
爆発的とは言えないがそこそこ売れて、CMで使われることになった。
……さすがにテレビの反響は大きくて、じわじわとロングヒットを続けてくれたおかげで、俺は人並みの生活をできるようになった。


「おかげでろくに落ち着いてテレビも見られなくなっちゃったわ。」
結婚したアリサとは、その後も数年続いた。

最初は純粋に愛しくて、途中からは、背徳感に燃えて、俺たちは、2,3週間に一度の逢瀬を楽しんだ。

場所はホテルに移したが、やってることは何も変わらない。

この瞬間(とき)だけは、心からアリサを愛して、その身体に溺れた。
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