おいてけぼりティーンネイジャー
「しかも、暎(はゆる)くんがメインボーカルなんだもん。本気で心臓に悪いから。」
その頃から、ボーカルを茂木に固定せず、3人で歌ってみて投票で決めることが増えた。

俺は感情的になると音がはずれるのであまり歌いたくないのだが、高い声が女性には切なく聞こえるらしく需要がある以上は歌わざるを得なかった。

「いつも本気でアリサを想ってる、って、ちゃんと伝わってるみたいで、うれしいよ。離れてても、俺のこと、忘れないでね。」
……調子のいいのは相変わらずだな、と自嘲しながらも俺は言う。
言葉で、歌でアリサを引き留められるなら、嘘でも何でも言ってやる。

「そうだ、何かアクセサリーを送りたいな。……何だったら、ずっと身につけてくれる?」
思いつきでそう聞くと、アリサは困ったようにはにかんだ。

「石のついてない指輪。」
……それって……結婚指輪……じゃないか……もうアリサ、してるもんな。

俺と抱き合う前には必ずはずすけれど、左手薬指に白い跡がくっきりついていて……それがまた背徳感をいや増した。

「そうだな。サイズ教えて。もちろん薬指だよ。」
今年のクリスマスにでも贈ろう。
俺はそれだけで浮かれていた。

その年のクリスマスを待たずして、アリサは妊娠した。
「主人の子よ。さすがに、もう逢えないわね。」
淋しそうにそう言ったアリサはちっとも幸せそうに見えなかった。

「……落ち着いたら、また逢えばいいよ。俺の番号。変えずに待ってるから。」
テレビのリモコンぐらいにまで小さくなった買ったばかりの俺の携帯電話の番号をアリサに伝えた。

「かけることはないと思う。今までありがとう。」
「指輪……もうすぐできるんだ。渡したい。」
俺は何とかそれっきりにしたくなくて、そう言った。

でもアリサは、首を横に振った。
「いただけないわ。主人が少し疑ってるみたいなの。だから形のあるものは、何ももらえない。心だけ、もらうね。」

俺はたまらず、アリサを抱きしめた。
「本気で、もう逢えないの?」

「ええ。逢わないわ。」
きっぱりとそう言ったアリサに、負けた。

「わかった。じゃ、指輪は俺が付けてるから。アリサはテレビで俺を見る度に俺を思い出してほしい。」
俺がそう言うと、アリサはちょっと笑った。

「指輪なんか見えなくても、暎くんを見たら胸がいっぱいになると思うよ?……まあでも、他の女の子にあげたり売ったり捨てたりするよりは、うれしい。ありがとう。」

他の女にあげられるシロモノではなかった。
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