おいてけぼりティーンネイジャー
既婚のアリサを気遣って、名前や日付はもちろん入れてないが、特別な言葉を刻んでもらっていた。

Je te donne mon premier amour.
僕の初恋を君に捧げる
Sans Adieu
さよならは言わないで

俺の初恋はやっと終わったけれど、心の中とIDEA(イデア)の曲の中で息づいていた。



IDEAは、1曲出すごとに、じわじわと売り上げ枚数を伸ばしていた。
ヒットチャートよりも顕著なのは、ライブの集客人数かもしれない。
着実に、より大きな会場を埋め、回数も増えていった。

そんな頃、某テレビ局から来年オリンピックで流すテーマソングの依頼が来た。
俺が中学時代に陸上競技をやってて、全国大会に出る程度に強かったことが評価されたらしい。
アキレス腱断裂の挫折を乗り越えて、今、こんなふうに芸能活動を曲がりなりにも続けていることも好印象なようだ。

……高校時代の蛮行がバレたら契約解除になるのかな。
一応そういう過去もあることをプロデューサーには酒の席で通しておいて、俺は話を受けた。

ただ曲を作るだけのつもりだったが、後日、特番を1本作る企画が出ていることを知った。
番組の主旨を聞いて、驚いた。
どうやら、俺が中学でお世話になったまゆ先輩が、オリンピック出場の有力な候補に挙がっているらしい。

まゆ先輩が大学陸上でも活躍し、実業団で頑張っていることは聞いていたが、オリンピックとは!
年令的にも最初で最後のチャンスらしい。

なるほどな。
例え、まゆ先輩が代表になれても、落選しても、俺達のテーマソングと絡めることで感動的な番組を作ろうということか。
あざといけれど、俺は引き受けた。
また一つ、IDEAが大きくなるチャンスだ。

10年ぶりにまゆ先輩に逢ったのは、長野県の高原だった。
テレビカメラをかついだ集団と共にまゆ先輩の泊まるペンションを訪れた。
まゆ先輩は、まったく変わってなかった。

「一条~!あんた、別人!何で男のくせに髪切らないの!うっとおしいっ!」
……本当に、まゆ先輩が変わってなくて、遠慮が全くなくて、俺はうれしくなった。

「お久しぶりです。まゆ先輩!」
すらりと伸びた腕や脚がまぶしかった。

……そして、相変わらず胸はないな。
美人なのにもったいない。

俺はそんなことを考えながら、まゆ先輩と丸1日を過ごした。

俺と違って、青春のすべてを陸上に注いだまゆ先輩を、俺は改めて心底尊敬した。
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