おいてけぼりティーンネイジャー
翌朝、俺達はスタッフにさんざん怒られた。
案の定、俺の頬にはまゆ先輩の手形がくっきりと残った。
そして、まゆ先輩は飲み付けないお酒で顔がむくんでしまった。

とりあえず、アングルとメイクで誤魔化すことになったが、尺が足りなくなったということで、後日別のシーンを足すことになった。

「で?いい曲書けそう?」
別れ際にまゆ先輩にそう聞かれて、俺は晴れやかにうなずいた。

「まゆ先輩の迷いのない走りが好きでした。選手のひたむきさを表現したいです。アキレウスとか……走る神……勝利……ニケ……」

おれがうーんと目を閉じて考えてると、まゆ先輩がコホンと咳払いした。
「女神!」

「……いや、まゆ先輩だけじゃないんですよ?オリンピックに出場する全ての選手が対象なんで。」

俺はそう言ってから、にやりと笑った。
「まゆ先輩だけを対象にするなら、決まってますよ。『韋駄天(いだてん)』。正義感の強い足の速い神様です。」

スタッフがどっと笑った。
複雑そうな顔のまゆ先輩を残して、俺達は東京へ戻った。

一週間後、再びまゆ先輩とロケに出た。
結局、俺達は母校を探訪することになった。

非常に安直な企画で、正直なところ勘弁してほしかったが、まゆ先輩は楽しそうだった。
「一条~。懐かしいね~。走ろっか!」

俺はギョッとした。
「俺、アキレス腱切ってから怖くて走れないんです。まゆ先輩、走ってください。見てますんで。」
正直にそう言うと、まゆ先輩は目を丸くした。

「ほんとに!?全く走ってないの?信じられない!一条、あんなに気持ちよさそうに走ってたのに!」
……そんな風に見えてたんだ。
俺は改めて驚いた。

「でもさ~、IDEA(イデア)が人気グループになって、武道館とかスタジアムとかドームでコンサートとかするようになったら、走り回らないとまずいんじゃない?」
まゆ先輩にそう言われて、俺はちょっと笑った。

別にまずくはないだろう?
「ちゃんと走る前にストレッチしたら大丈夫だと思うよ?手術してつないだんでしょ?ね~、一緒に走ろうよ。」
俺は本気で戸惑った。

……って、何、カメラ回してんだよ!
思わず俺はプロデューサーに文句を言いたくなった。
が、スタッフがみんな、ことの成り行きを固唾を呑んで期待して見守っているではないか。

番組的に?美味しいのか?
今、俺が再び走りだすのが?

う~~~。

「靴、ないです。」

俺は最後の抵抗を試みたが、すぐにプロデューサーがまっさらのシューズを調達してきた。
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