おいてけぼりティーンネイジャー
中学3年生になった。
まゆ先輩の跡を引き継いで、俺は陸上部のキャプテンとなった。

率いる部員数は新入生を入れても30人ほど。
今のところ、全中(全日本中学校陸上競技選手権大会)出場権を得られる標準記録を持つものは俺を含めて3人。
7月までにクラブ全体の底上げができれば、あと数人の出場が見込めるはずだ。

……前キャプテンのまゆ先輩が全中で三位の成績をおさめて東京の陸上名門高校に入れたこともあり、俺自身も、部員のみんなも盛り上がり、クラブは例年になく活気づいていた。

「いや~。一条がキャプテンになったからだと思うけど。女子部員は一条に褒めてもらいたいし、男子部員は一条目当てのギャラリーの女子の前でいいカッコしたいんじゃないか。」
顧問の体育教諭にはそう揶揄られていたが……。

いずれにしても、前にもまして熱心に取り組んだ。
雨の日は筋トレや、他のクラブの奴らと一緒に廊下ダッシュも取り入れていたが、俺はもっと速く走れる身体が欲しかった。

本来そういう資料をもっと揃えていなければならないはずの体育教官室にはろくな本がない。
……古臭い精神論がまだ横行する時代だったのだろう。

専門書は、中学生の小遣いで買えるものではなかった。
うちは教育熱心なので、文学書や参考書なら親に言えば買ってもらえた。
しかし陸上の為の本は、俺のほうが頼むのを躊躇した。

学校の図書室に頼んでも断られたので、市の図書館に頼んでみた。
うちの市にはなかったが、県立図書館にはあるらしく、取り寄せてもらえることになった。
ありがたい!

翌々日、俺は部活の後で市の図書館へと向かった。
たった2日で届いたことに感動した。

調子に乗った俺は、他にも何冊もの本の取り寄せを頼んだ。
部活でふらふらになっても、もともと読書が好きな俺にとって、図書館へのかなり遠回りな寄り道は何の苦でもなかった。

いつものように図書館で本を返却し、気まぐれに他の棚を見て回る。

見慣れない制服の女の子が、椅子に座って熱心に読みふけっているのが目にとまった。
どこの制服だろう。

チェックのスカートと胸元の大きなリボンも、ブレザーの金ボタンも、しゃれて見えた。

読んでいるのは……見えないな。
彼女の背後にそっと回り込み、小さな文字を斜め後ろから盗み見た。

目についた片仮名は、「アリサ」「ジェローム」。

……ああ、知ってる。
ジッドの『狭き門』だ。

馬鹿馬鹿しいほど美しいキリスト教の自己犠牲精神に呆れつつも強く惹かれたのを思い出した。

つまりは、俺も好きな本だ。
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