おいてけぼりティーンネイジャー
さとりちゃんとは……現在進行中で関係が続いている。
あの子が二股をかけるとは思えないから、プロポーズと言っても、茂木の片想いなのだろう。

でも、俺から見て、茂木はすごくいい奴だ。
3人の中で一番いい夫、いい父親になるだろう。

さとりちゃんと茂木!
今まで何で気づかなかったんだろう。
すごくお似合いじゃないか。

……こっそり俺だけ退却すれば。
退却……できるのか?
さとりちゃんのひたむきな瞳を思い出して、俺は少しうすら寒くなった。

いい子だ。
華やかな美人というわけではないが、充分かわいらしい。
生涯独身だった教授の世話を焼き続けてた優しい子。

でも意志は相当強いぞ……あれは。
そもそも、俺と教授のプラトン談義に割り込もうとして歯が立たず、悔し泣きしてたさとりちゃんにほだされたのが始まりだった。

そういや、俺達の関係に気づいた教授に、
「一条くんは快楽に否定的ですけれど、『ピレボス』をもう一度読んでごらんなさい。よき生のためには、知性だけでなく快楽も必要なのですよ。要は中庸です。」
といきなり諭されて慌てたことがあったっけ。

「……教授が生きてたらな。」
俺のしみじみとした嘆きに、尾崎も茂木も黙ってうつむいた。


数日後、さとりちゃんから連絡があった。
教授の蔵書はほとんど俺が引き受けたのだが、自宅の物置からまたさらに本が出て来たらしい。

……ただ、俺に逢いたい、と言えばいいものを……さとりちゃんらしい建前が切なかった。

「これ。かなり古いものみたいだから。」
さとりちゃんが俺に差し出したのは、なるほど、革が乾燥してポロポロと剥がれ落ちる分厚い翻訳本だった。

あ~……確かに装丁は古いけど、既に再版されてるんだよな、これ。
初版というわけでもないから、価値は低そうだ。

俺はそう説明したけど、さとりちゃんは全く聞いてなかった。
「……で?本題は?茂木と結婚する気になった?」
めんどくさくなって、俺はそう聞いた。

「やっぱり聞いてるのね。」
さとりちゃんはちょっと口をとがらせた。
「一条さんは、私が茂木さんのプロポーズを受けても、かまわないのね?」

「むしろ勧めに来たんだよ。あいつはすごくいい奴だから。さとりちゃん、絶対幸せになれ、」
……さとりちゃんに叩かれて、最後まで言えなかった。

ちょっと痛いけど、まあ、これなら跡は残らないかな。

男と殴り合いのケンカはしたことないけど、昔から女の子に叩かれることはやたら多い俺は、すぐさま翌日のスケジュール考えた。
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