おいてけぼりティーンネイジャー
「茂木のこと、嫌い?」
余計なおせっかいだろうけど、俺は月下氷人になろうとしていた。

さとりちゃんは静かに首を横に振った。
「すごいく、いい人。一緒にいると、穏やかで優しい気持ちになれる。」

俺は、うんうんうん、と何度もうなずいた。
「そうなんだ!よくわかってるじゃん!あいつ、ほんとにいいんだよ。俺が女なら絶対!茂木一択だよ!」
本音だ。
「俺みたいなどうしようもない男のことなんかさっさと忘れて、茂木と幸せになりなよ。俺も、さとりちゃんの笑顔が見たいから。」

「……最低。」
さとりちゃんは俺にそう言い残して、部屋から出て行った。
白い背中がドアの向こうに消えて、やっと俺は肩の荷を下ろせた気がした。

終わった~。

あとは茂木のがんばり次第だな。


長居は無用と、俺は服を着て、さとりちゃんに声をかけずに辞去した。
……お口直しが必要だな。
だいぶ小さくなった携帯電話の電話帳をスクロールする。

スポーツクラブでジャズダンスを教えてる、弾(はじ)けるナイスバディの女の子。
スリムでビジュアル的には美しいけど骨が当たって抱き心地はあまりよくないモデルの女の子。
小悪魔系のわがままで俺を振り回そうとしては空振りしてる報われないかわいい女優。
……中途半端な昼下がりに呼び出せそうなのはこのあたりかな~。

いや、もうちょっとすれば、女子高生や女子大生も大丈夫だな。
俺は少し逡巡して、読者モデルもしている華奢だけど胸はちゃんとある女子大生に電話をした。
遊び慣れた彼女なら、俺を簡単にその気にさせてくれるだろう。

今は、哲学はいらない。
わずらわしい執着も涙もいらない。

ただ、一時の激しい快楽が欲しい。
「ほんとに最低だな。俺。」
つい、口に出してしまい、何だか淋しくなってしまった。





「なあ、俺、出家しようかな。」
ある日、お経の現代語訳を読んでてその気になり、そばにいた尾崎にそう言ってみた。

「おもしろいな。一条が髪剃ったら美青年僧だろうな~。おかま掘られんじゃない?……まあ、やってみれば?」
いつものようにバロックオーボエのリードを削りながら尾崎が軽く賛同した。

ぷっぷー、ぷー、とリードを咥えて感覚を試し、また緻密に削る。
尾崎にかかれば、たいていなことは「おもしろい」んじゃないだろうか。
「……IDEA(イデア)はもちろん続けるんだよな?それならいいよ~。修行した一条がどんな曲を書くのか、今から楽しみ。」
気楽な奴だよ……だからずっと一緒にいられるんだろうけど。

「とりあえず、断髪式やるか。ファンの子にちょっとずつハサミ入れてもらってさ。……うん、おもしろいな。よし!決定!茂木に相談してくるわ。」
俺はマジでその気になっていた。
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