おいてけぼりティーンネイジャー
「それにしても、すごいな。これ、キムタカの初版本?こんなの借りられるんだ。」
彼はそう言いながら、今回私が請求した中で一番古い本を手に取った。
木村鷹太郎と松本亦太郎の合訳による明治36年出版のプラトン全集第1巻。

「借りるのはさすがにあきませんが、館内閲覧と複写はできるんです。プラトン、お好きなんですか?」
『饗宴』ではなく『宴會』と訳されたページを開けてうれしそうに文字を追ってるその目を見れば聞くまでもなさそうだけど、一応そう言ってみた。


「うん。好き。もうさ~、『宴会』『饗宴』じゃなくて、『シュンポシオン』でいいと思わない?」
テンションが上がってるらしい彼に、声のトーンを落とすように手で示しながら、小声で返事をした。
「いいですね。あ、タイトルを拝借した小説があるのはご存じですか?てっきりプラトンに関係してると思ったら、ブルジョア小説で微妙な気分になりましたけど。」
その時の何とも言えない気持ちを思い出して、私は笑ってしまった。

「え!何なに?読みたい!」
「たぶんここにもあると思うけど……シリーズ物ですよ?」
「俺、早読みだから。」
ここで全部読んで行く気だろうか。

「……ちょっと待っててください。」
私は、端末で場所を確認した。
自動書庫か。

カウンターで出してもらって閲覧台に戻ると、彼は私の積み上げた本に埋もれて楽しそうに読み耽っていた。
……無邪気だなあ。

私は由未ちゃんのためにキープしていたすぐ隣の椅子に座って、博物館の収蔵品図版目録をめくった。
やっぱりないか。
残念。

私の小さなため息に彼が顔を上げた。
「探し物?見つからないの?」

「あ、いえ。これ、どうぞ。」
私は借り出した『シュンポシオン』を手渡したけど、彼の目は仏像にロックオン。

「……見はりますか?」
何か、どんどん持っていかれるなあと苦笑しつつ、重たい目録も彼に渡した。
「へえ。いいね。仏像、好きなの?俺も好きだよ。」
目がキラキラしてる。

「いろんなものに興味があらはるんですね。」
私がそう言うと、彼は私の積み上げていた本を指さした。
「君もね。中東紛争ルポまで読むの?」

あ……それは……
「好きなわけじゃないです、もちろん。ただ、今現在も紛争中なのに何も知らないままってのもなあ、って。」

うまく言えないけど、知らなきゃいけないという強迫観念?
私のつたない言葉を彼はうんうんとうなずいて聞いてから、言った。

「えらいね。ほんと、見て見ぬふりしてちゃダメだよな。……うん。」

そんな風に言ってもらうと恥ずかしくなってきた。
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