おいてけぼりティーンネイジャー
ドキッと俺の胸が音を立てた。
「……そんなんじゃないよ。」

兄貴の指摘にさらに動揺したけれど、ひた隠しにして会話を続けた。
「兄貴は?試験受かったら彼女と結婚するの?」

……兄貴は現在、地元の国立大4回生。
親父の希望に応える形で、県職員になるべく地方上級公務員試験に向けて勉強している。
高校時代からつきあってる彼女は、短大を出て幼稚園の先生をしているので、兄貴が就職さえすれば結婚は時間の問題だろう。

でも兄貴は顔を曇らせた。
「どうかな。」
「上手くいってないの?」

兄貴は俺に悲しそうな笑顔を見せた。
「社会人と学生は、すれ違いが多くてね。」
あんなに仲良かったのに。

「男と女に永遠はないのかな。」
俺は『狭き門』の表紙に目を落とした。
主人公アリサの選択が正しいような気がしてくる。

兄貴は、慌てて手を振ってむりやり笑顔を俺に見せた。
「馬鹿だなあ、暎。俺たちはそれだけの御縁だった、ってだけのことだよ。ちゃんと添い遂げられる人にいつか巡り合えるさ。」
……御縁……添い遂げ。
いかにもな言葉に、俺は苦笑した。


翌日からも部活の後に図書館へ通った。
目的は既に本ではなく、彼女。

毎日通ってみたが一度も彼女に逢えない。
閉館時間まで粘ることはできなかったが、とにかく図書館へと足を運んだ。

俺は、彼女に会って、どうしようというのだ。
何を話すつもりなんだ?
答えを出せないまま時間だけが過ぎていった。



二週間が過ぎても彼女は現われなかった。
途方に暮れた俺は、未練がましく彼女が読んでいた本を借りようとした。

タイミング悪く、貸し出し中だった。
別に借りなくても家にあるが、俺はとりつかれたように予約の手続きをした。



翌日からも図書館に立ち寄った。
しかし結局、俺が彼女と逢える前に、図書館から本の用意ができたという電話連絡が来た。

……電話に出た母から
「暎(はゆる)、市の図書館から電話があったわよ。でもジッドってうちに全集なかった?」
と突っ込まれてしまった。

うまく返事できなかった俺の代わりに、兄貴が誤魔化してくれた。
「新訳本じゃないか?」


予約した本を借りに行っても、返しに行っても、結局彼女には会えなかった。
兄貴の言うところの、御縁がなかったのかもしれない。
諦めよう。

……そう思った矢先、俺は意外なところで彼女に逢った。
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