おいてけぼりティーンネイジャー
私は『三代御記』を手に取り、『寛平御記』を開いた。
……さすがにコレはいらないだろう。
整然と漢字の並んだページを眺める。
漢和辞典が要るなあ……。

席を立ち、古めの漢和辞典を借りてくる。
あ……また、取られちゃった。

「これは?何で読んでるの?おもしろい?」
本気で子供みたいなヒトだな。
次々と興味が移っていくらしい。

「宇多天皇は、ご存じですか?」
「……宇多源氏の祖?」
「そうです。このかた第七皇子で臣籍降下させられて源氏を名乗ってらして、ゆーたら、ご自身も天皇になるとは思ってらっしゃらなかったんですよね。ですから、天皇なのに好き嫌いがハッキリして歯に衣着せぬ日記を残してらっしゃるんですよ。まあ、一般的には猫好きで有名ですけどね。」

私がそう言うと、彼はへええええ!と感嘆した。
「おもしろそう。でも漢文だよね。読める?」

「難解です。でも辞書があればたぶん……」
苦笑する私に、彼は目を細めた。
優しい笑顔にドキッとした。

「……俺も本は好きなんだけど、いつも本屋に平積みしてあるような新刊本ぐらしいか目に入ってこないんだよね。読んでもつまんない本も多いし。こんなにおもしろそうな本、どんなふうに探すの?」
不思議なことを聞かれた気がした。

私も図書館でかたっぱしから読むから、もちろんハズレもあるけど。
「普通に、おもしろいと感じた作者の本を制覇します。あと、専門的な分野の本は参考文献が書いてあるじゃないですか?それをメモしといて、学校が休みになったらまとめて請求しますかねえ。さらに興味が深まると論文も検索します。そりゃあもう、きっちり参考文献と参考論文が書いてありますから、そこから世界がさらに広がるんですよね。」

言ってて、他にも借りたかった本があったことを思い出した。
さっきプリントアウトした用紙の裏に忘れないように書いていると、彼はため息をついた。
「……なんか、ショック。君、すごいね。俺、めんどくさがっていろんなことに手抜きしてたんだなあ、って気づかされちゃったよ。」

はあ?
よくわからないな。
わからないけど、首をかしげながらつぶやいた。
「めんどくさそうには見えませんけど。楽しそうに本から本へ、蝶々みたいにひらひら舞ってはるじゃないですか。」
私の話にも食い付いてるし。

「うん、君のセレクト、すごく楽しいから。」
心からそう言ってはるのが伝わってきて、私もうれしくなった。

今まで本の話を他の人にすることがあっても、こんな風に続くことはなかった。
知らない、わからない、興味ない……そんな気持ちが相手に生じたことに気づくと、私も口をつぐんできた。

こんなヒトもいるんだなあ。
改めて、その人を見つめた。

瞳がキラキラしてる。
白い肌……頬が紅潮して、少年みたい。

ちょっと自由すぎるきらいはあるけど、それは何者にも侵されない強さにも思えた。
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