おいてけぼりティーンネイジャー
ガーッとお札を飲み込む音はしたけれど、その後のボタン音も、ドリンクが取り出し口に落ちる音もしないことに気づいて顔を上げた。

「……売り切れでしたか?」
そう聞くと、彼は眉毛を八の字に下げて困った顔で振り向いた。
「万札、出てきちゃって。使えないみたい。」

当たり前だろうが。
たいていの自動販売機は千円しか使えない。

「……何、飲まれますか?」
私は、鞄から鉄道会社のICカードを出して、自動販売機に宛てた。

「はちみつレモン。」
ガゴッと鈍い音がして、取り出し口にジュースが落ちた。

続いてウーロン茶のボタンを押す。
彼は2本とも取り出すと、キャップを開けてから私にウーロン茶を手渡した。

「ありがとう。」
「いや、俺のほうこそ、ありがとう。てか、ごめん。」

恥じらう彼は、たぶん私よりかなり年上だろうに、かわいかった。
でもその後、自動販売機に飲み込んでもらえなかった1万円札を差し出された。

……受け取れないって。
この人、やっぱり、わけわかんない!



「じゃあさ、メシ食いに行こっか。このへんで、何かある?」
1万円を私に突き返されて、彼は一瞬鼻白んだ後、気を取り直してそう言った。

一連の感情の変化が顔に思いっきり表れてて、私は笑いをこらえるのに苦労した。
「お昼、友達と約束してるんです。」
そう答えると、彼は目に見えてがっかりした。
そして、うーんと考えてから言った。

「じゃ、明日!明日の午前中もココに来るからさ、君もおいでよ。」
「あした……。」
2日続けて朝から来るにはちょっと遠いんだけどなあ。
でも……。

目の前のヒトをじっと見る。
これっきりで終わるのは、私も嫌だ。

「来れない?」
同じくじーっと見つめられて、息苦しく感じはじめた。

「来ます。」
喉の奥から声を振り絞るようにそう返事すると、すーっと呼吸ができるようになった。

「よかった!」
彼がまた太陽のような笑顔になった。

……あかん……また鼓動が激しくなってきた。
これって……。
自分の身体の変化に戸惑うほうが大きくて、心の変化には自信が持てない。

「もしかして、家、遠いの?」
「バスで来る距離ですけど、大丈夫です。」
「そうなんだ!え?じゃあ、普段からココに来てるわけじゃないの?」
「そうですね、このあたりで用がある日には今日みたいに早めに来てココを利用してます。今日は、夜にコンサートなんです。」

私の言葉に、彼の表情が固まった。
首をかしげながら、私の目を覗き込んだ。

「そこ?IDEA(イデア)?」
「ええ。ご存じですか?」

彼はクスッと笑った。
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