おいてけぼりティーンネイジャー
「うん。……てか、君、知らないのに、行くの?何で?」
「友達に誘われたんです。……確かに知らへんのですけど、バンド名にときめいてます。実力派なんでしょ?」

彼は苦笑した。
「どうだろ。……変わってるよ。いくつになっても学生時代の趣味の延長みたいな。イデアの世界で遊んでるつもりなんだろうな。」

へえ!
「そういえば、バロック楽器を使うとも聞きました。今日もあるかな。」
私がそうつぶやくと、彼のテンションが上がった。

「バロック好きなの!?」
「ええ。好きですね。優雅なのに純粋に音と戯れてる感じが。」
このヒトもバロック音楽、聞くのかな……なんか……親近感覚えるなあ。

「え~、うれしいな。どんな曲が好き?楽器は?自分でも演奏するの?」
私は慌てて首を振った。
「や、演奏はピアノしかしたことないです!あ、音楽の授業でソプラノリコーダーとアルトリコーダーもやってるけど。でも聞くのは好きですよ。一番好きなのはド・ラヴィーニュのタンブーラン。」

「また、マニアックな……」
彼は絶句して、笑った。
「俺の友達も、すっごいマニアックな曲ばっかり好きでね、出版されてないマイナーな作曲家の楽譜をわざわざ探したりするの。」

「あ、わかる!私の父も仕事でヨーロッパに行くと、古書店で手描きの楽譜を買ってくるんですよ。演奏できないのに。……私が弾かされるから大変なんですけどね~。」
笑いながらそう言ったのだけど、ふと気づくと、彼の目が真剣モードになっていた。
また胸がドキドキしはじめた。

「ねえ、本当に明日も来てね?絶対だよ。約束だからね。何があっても、来なよ。」
急にそう念押しされた。

……もう、行っちゃうのかな?
淋しいと、心が訴えている。
もっと話したい。
もっと一緒にいたい。

おずおずとうなずくと、彼は満足気にうなずいた。
「約束だよ。」
そう言って彼は小指をつきたてて右手を差し出した。

……指切りげんまん?……するの?

小指にキラッと輝いている指輪に目が止まった。
似合ってる。
平たくて幅のある金の指輪。

私も手をそっと出すと、強引に指を持って行かれた。
「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます、指切った!」

……高い声。
話す声は艶っぽい低い声なのに、歌うとえらく高い。
おもしろいな。

「じゃ、行くね。またね!」
片手を挙げて、笑顔を残して、彼は図書館を出て行った。

ふらふらと私も玄関先まで出た。

後ろ姿を見てると、勝手に涙がこみ上げてきた。
胸が痛い。
私は、自分の胸をぎゅっと押さえた。

指輪の硬い感触が、いつまでも消えない。

私は自分の右手の小指を、左手でぎゅっと握りしめて呆けた。

落ちた、な。
……恋に。
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