おいてけぼりティーンネイジャー
太陽が移動してベンチが日陰ではなくなってきた。
気づけば13時を過ぎているようだ。

お目当てのうどん店は大行列だったので、落ち着いた雰囲気の老舗のお蕎麦屋さんに入った。
おろし蕎麦を食べて、ホッと一息。
落ち着いたらトイレに行きたくなってきた。
そういえば、朝、家を出てから一度も行ってなかったな。

トイレを済ませて通路を戻ってると、たぶん同じく紳士用トイレから出てきた男性が少し前を歩いていた。
男性は、障子を開けて個室に入っていったが、その横顔がなんとなく、由未ちゃんのお兄さんに見えて、慌てて衝立の後ろに隠れた。

首をかしげながら戻ると由未ちゃんが不思議そうに聞いた。
「どしたん?」
「……違うかもしれへんけど……向うのお座敷に入らはったお客さん、由未ちゃんのお兄さんのような気がする。」
「え?お兄ちゃん?……女連れやった?」
由未ちゃんは、ぱっと顔を輝かせてから、表情を曇らせた。

「わからない。トイレから出てきはった男の人がお兄さんに似てる気がして、隠れたの。」
「わ!ほな、こっそり覗いてくる!」
由未ちゃんは、私が止めるのも聞かず、立ち上がって行ってしまった。

……お兄さんのこととなると、必死な由未ちゃんがかわいくて、私もお店の人にことわってから、後を追った。


そこは、ちょっとした修羅場だった。

障子から漏れてくる悲痛な女性の声を聞いて、由未ちゃんが尻餅をついた。
「由未ちゃん、大丈夫?あ……」

慌ててそう言いながら駆け寄ったら、障子が開いた。
由未ちゃんのお兄さんが驚いた顔をして立っていた。

……やっぱり、お兄さんやったんや。

中から逃げるように飛び出して帰って行ったのは、隣のクラスの女の子。
由未ちゃん兄妹(たち)のお父さんにとって主筋に当たるお嬢様とか何とか。
そして、たぶん、由未ちゃんがイマイチ自分に自信が持てない一つの要因が彼女じゃないかな、と私は睨んでいる。

彼女が帰ってしまったので、私達はお兄さんの個室へと移動した。
由未ちゃんはお兄さんに、彼女のことを詰問した。

あ~……そんな風に追い詰めたら、お兄さん、拗ねちゃうよ。
私はやきもきしながら2人を見ていたけど、結局、口を出してしまった。
それが、お兄さんのツボだったらしい。

「知織ちゃんは本当にしっかりしてるね。知織ちゃんとならいい関係をキープできるんやろうけどな。俺と、どう?」

……知り合って1年半……はじめてお兄さんに口説かれた……のか?

よりによって、今日、か。
惜しいな~。

ゾクッとするほど艶っぽいお兄さんの目をじっと見て、ため息をついた。
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