おいてけぼりティーンネイジャー
その日、後輩の女子部員が練習中に転んだ。
あまりにも痛がり、腫れもきつかったので、念のために病院へ連れて行った。
右足の小指にひびが入っていたらしい。

処置してもらっているのを待ってる間、ぼんやりと中庭を眺めていると……あの子だ!

パジャマにカーディガンを羽織り、ベンチに座って白い薔薇を見ているようだ。

入院してるのか?
何科だ?

長い廊下を戻って通用口から中庭に戻るのが煩わしくて、思わず窓を乗り越えた。

いきなりあり得ない方向から現われた俺に、彼女は驚いて両手で口をおさえた。
青白い顔が赤く染まった。
ほら。
俺に好意を感じなきゃ、こうはならないよね?

確信めいたものを感じて、俺は口を開いた。
「いつから入院してるの?」

「……あ……ゴールデンウィーク前から。」
もうすぐ6月だ。

「そっか。図書館で待ってても来ないわけだ。読んだ?ジッド。」
彼女は困ったように曖昧な表情で、それでもうなずいてくれた。

「俺も全集読みなおしたよ。やっぱり巧いよね。引き込まれる。君は……アリサに似てるね。」
ずっと思ってたことをそのまま言ってしまったところ、彼女は眉をひそめた。
「あ、ごめん!ナンパしてるわけじゃないから!」

慌てて手を振ると、彼女は自分の右手を左胸に宛てると、俺から視線を落として言った。
「ごめんなさい。私、心臓が弱くて。あなたみたいな人に話しかけられるだけで動悸が……怖いの。」

は?
俺は彼女の言ってる意味がわからない。

心臓が弱い、のはかわいそうとして。
俺みたいな人って、なんだ?

「どういう……」
問いただそうとした時に、背後から後輩が叫んだ。
「一条せんぱ~い!終わりましたーっ!」

思わず舌打ちしてしまった。
ビクッと目の前の彼女が肩を震わせた。

「あ、ごめん、違うんだ。君を怖がらせるつもりはないんだ。」
慌ててそう言ってみたけど、彼女の大きな瞳がゆらゆらと揺れ始めた。

泣かれる!?

「一条せんぱーいっ!!!」
しつこく後輩に呼ばれて、俺は諦めた。

「ごめん。行かなきゃ。でもまた君に会いに来る。……名前聞いていい?」

彼女は、少し首をかしげて小さな声で言った。
「藤田……有沙。」

アリサ!?

さすがに驚いた。

「そっか!アリサなんだ!はは!そっか!」
ちょっと笑ってしまった。

「俺、一条 暎(はゆる)。また来るから!」
俺はアリサの返事を聞かずに、駆けだした。

また拒絶されるのが怖かった。
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