おいてけぼりティーンネイジャー
トイレに立った時に、こっそり帳場を訪ねて女将にお願いした。

「へ~え~。知織ちゃんも、親に秘密抱える歳にならはってんなあ。って、お幾つでした?ちょーっと早いんちゃいます?しかもあの人、芸能人でっしゃろ?気ぃつけてくれへんと、何かあったら、お父さまとお母さまに顔向けできしまへんしなあ。黙っててほしいんやったら、ほどほどにしよしや。」

「……すみません。よろしくお願いします。」
親にバレるのは時間の問題だな。

女将の反応から私は覚悟を決めた。

部屋に戻ると、暎(はゆる)さんは既にお支払いを済ませていたようだ。
「じゃ、出ようか。タクシー呼んでもらったよ。知織の好きな仏像、見に連れてってよ。俺も見てみたい。」
暎さんの笑顔が、太陽のようにまぶしく感じた。

「いてはるといいけど……。常設展、ちょこちょこ変わるんですよ。」
そう言いながら部屋を出て廊下へ。

大将が挨拶に来てくれたけど、慌てて暎さんの後ろに隠れてお辞儀をした。
「お口に合いましたか?」
「はい。美味しかったです。やっぱり和食は京都がいいですね。」

暎さんの言葉に大将がぴくりと眉毛を上げた……暎さん……京都じゃなくて大将の料理を褒めんと……。

「大村のおひいさん、今日はおとなしいですなぁ。」
大将にそう呼ばれて、私は飛び上がりそうになった。

「おひい……さん?」
暎さんが怪訝そうに振り返った。
恥ずかしい……。

「大将、うちの両親には内緒にしといてくださいね。また来ます~。」
私は開き直ってそう言うと、さっさと靴を履いて門を出た。

「ねえ、おひいさん、って何?知織、お嬢様っぽいとは思ってたけど、それ以上?やんごとなき身だったりするわけ?世が世なら?ねえねえ。」
暎さんが、私の腕をぶんぶん振りながら聞いた。

「普通ですよ!父がそう呼ぶだけですから。恥ずかしい。」
「……普通、ねえ。」
暎さんは首をかしげてたけど、それ以上は何も言わず、タクシーに乗り込んだ。

博物館は、そこそこの賑わいだった。
「特別展も見ますか?」

「いや、あんまり時間ないんだ。……まあ、本当はもう今新幹線に乗ってるはずだったし、遅れついでってゆーか、いいんだけどね。」
よくないよ、それ。

「お仕事に支障きたすんじゃないですか?今日はもう帰ったほうがいいんじゃ……」
「やだ。」
……子供か?

「知織ともっと話したい。まだ帰れない。」

駄々っ子のような暎さんに、私はつい笑ってしまった。
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