おいてけぼりティーンネイジャー
さっきと同じように窓を越えて、廊下に降り立つ。
ちょうど居合わせたナースに怒られた。

後輩も目を釣り上げて口をとがらせた。
「信じらんない!一条先輩が入院患者をナンパするなんて!」

「ばーか。知り合いだよ。ほら、無駄口たたく元気があるなら、帰るぞ!」
俺は後輩の荷物を持ってやり、杖でゆっくり歩くのに付き合って歩いた。

後輩を家まで送り届けた後、俺は学校に戻る。
間もなく下校時間だが、それでも軽くジョグを3000だけした。

せっかくいい調子で記録が伸びている。
今日練習できなかったのは痛いが……明日また頑張ろう。

とりあえず、行くぞ!
俺は、制服に着替えるのももどかしく、学校を飛び出した。

先ほどの病院に到着したのは、既に辺りが薄暗くなった頃。
さっきアリサがいた中庭には誰もいない。

院内は電気も落とされ、もう夜のようだ。
受付で「藤田有沙」の部屋を教えてもらって、エレベーターで上がる。

循環器科の病棟にアリサは入院していた。
心臓が悪いって言ってたっけ。
……あれ?何か、お見舞い、持ってくるべきたったか?

しまったな。
ま、いっか。
明日持って来よう。
……て、明日も来る気か、俺!

「失礼します。」
小さな声で一応一声かけてから入室した。

4人部屋の一角、窓際にアリサはいた。
「え!」
声を挙げてから慌てて手で口元をおさえたアリサ。

……かわいいな。

「どうして……」
「来るって言ったよ?さっき。」

まさか今日来るとは思わなかったのだろう。
アリサはちょっと逡巡してから言った。
「ココじゃ同室のかたに迷惑だから、談話室に行きましょうか。」

アリサの後ろについて、ナースステーションの前の談話室に入った。
何組かの家族連れが静かに会話している中、やっと俺とアリサは向かい合って座れた。

「どういったご用件でしょう?」
予想外の牽制に鼻白んだけれど、気を取り直して笑顔を見せた。

「アリサと話がしたくて。」
「話?何のですか?」
「図書館で、ジッドが好きかって聞いたら、アリサ、『口惜しいけど』って言ったろ?どういう意味かずっと気になって。」

俺の言葉に、アリサは拍子抜けしたようだ。
「……そんなこと……だったんですか……」

本当は、俺みたいなやつに話しかけられると怖い、って言ってたのも、すごーく気になるけど。

「一条くんって言ってましたよね?」
「うん。一条 暎(はゆる)。」
「はゆる……珍しいですね。どんな字を書くの?映画の映?」
「惜しい。難しいよ。上にくさがんむりがつく異体字だから。日へんに英語の英。」
「はゆる……」

アリサは頭の中に俺の名前の漢字を思い浮かべているのだろう。

自分の名前を呼ばれるだけでドキドキした。
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