おいてけぼりティーンネイジャー
どこに行くつもりか、車を走らせながら、暎さんが言った。
「太陽もだけど、知織がまぶしい!」

は?

「かわいい!」
重ねてそう言う暎さんに、面食らう。

……えーと……口説かれてるのか?

「夕べ、遅くまで起きてらしたんですか?」
ナチュラルハイっぽい?

「うん。寝たの、朝7時だった。太陽が目にしみるよ。」
「え!?じゃ、2、3時間しか寝てへんのですか?それは……」

車の運転をさせて、大丈夫だろうか。
暎さんて、いろんなところが常識とずれてるみたい。

車は、大きなマンションの地下駐車場でとまった。
「……暎さんのサングラスって、実用品なんですね。お顔を隠してるとかじゃなくて。」

やっとサングラスをはずした暎さんにほほえみかける。
この瞳が、見たかった。
正確には、この瞳に私が映るのが、見たかった。

「んー?サングラスぐらいじゃ隠せないでしょ?てか、俺、隠すとか、自分を偽るの、やめた。」
「はあ。充分、さらけ出してはるように見えますけど。」

暎さんは、くしゃっと笑った。
「知織の前だからだよ。俺、くだらないこといっぱいしてきたけど、心から楽しいことって、ほとんどなかったの。音楽やってる時だけ、自分を解放できたけど、それ以外は、ほんっと馬鹿でさ。」

それが何をさしているのか、私は気づかないふりをした。

助手席の足元でキラキラ光っているアクセサリーにも。


暎さんの部屋は、モデルルームのようだった。
「あまり帰ってないんですか?生活感ないですね。」
「うん、ツアー多いし、スタジオにいる時間長いし、ここには寝に帰ることも少ないかな。」
「掃除はプロのひと?お料理は全くしなさそう。お洗濯は?」
「しないねえ。洗濯機もないよ。クリーニングに出せるもんは出して、下着は捨てる。」

はっ!?
……やっぱり、おかしいよ?

「じゃあ、お茶もないんや。」
「いや、冷蔵庫にあるよ。どうぞ。」

そう言われて、冷蔵庫を開けた。
水、お茶、ビール、ワイン?シャンパン?

「見事にドリンクだけですね。」
「めんどくさいから、掃除してくれるひとにそれだけは補充してもらってんの。」

……暎さんって……こういう手の掛かる人なんだ。
冷凍庫を開けると、緑茶の茶葉やコーヒー豆が入っていた。

「やかんあります?」
温かいお茶を飲みたくてそう聞いたけど、暎さんは肩をすくめた。
ないんや。
「電子レンジか電気ポットは?」

「ティファールあるよ。」
そう言って、暎さんはドアを開けた。

床から天井までの書架がぐるりと取り囲んだ……ん?書斎かと思えば、これはベッドルーム?

……ベッドに寝そべってコーヒーでも飲みながら本を読む暎さんがたやすく想像できて、私の気持ちがほぐれた。
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