Trick or Love?【短】
騒いだままの心臓が煩くて、冷静になれない。

早く否定したいのに言葉は出てこなくて、代わりに首を振ろうとしたのに動かない。
むしろ、動けない……。


原口くんはただ私を見つめているだけで、私の言葉を待っているのは明白だった。
そんな私が必死に探しているのは、一体何なのだろう。ずっと断る口実を探していたつもりだったのに、さっきから原口くんのことを見ているだけでちっとも思考が働いていないことに気付いた。


「提案がある」


そんな私に向けられたのは、小さな笑み。この状況に不釣り合いだと思える表情を怪訝に思いながらも、原口くんの言葉を待っている私がいた。


「とりあえず、一ヶ月付き合おう」

「え?」


“付き合って”ではなく、“付き合おう”。
その断言に限りなく近い台詞の中には、恐らく私の選択権は含まれていない。


「中内の場合、頭で考え過ぎなんだよ。だから、とりあえずお試し期間ってことで一ヶ月付き合ってみて、社内恋愛がどういうものか経験する方がいいと思う。そしたら、たぶんもう少し社内恋愛に対して柔軟になるだろ」


提案なんて言っておきながら、それはほとんど決定事項だった。
原口くんはさっきよりも笑顔になっていたけど、その瞳の奥は笑っていなくて、私の逃げ道をしっかりと塞いでいる。


「ちょっと待って!勝手に決めないでよ!」


自分の置かれている状況をしっかりと把握した私は、掻き乱されていた心をむりやり落ち着かせて抗議を口にしたけど……。
原口くんは余裕の笑みを浮かべ、骨張った大きな左手を壁から離したかと思うと、あっという間に私の顎を掬った。

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