Trick or Love?【短】
原口くんが何を言いたいのかは、すぐにわかった。

確かに、私は『付き合う』とは言っていない。
原口くんの提案を飲んだのだからどう考えても屁理屈レベルのやり方だけど、今の私では口では敵わないこともわかっていた。


「最低……。こういう人だとは思わなかった」

「一応、唇は避けたんだけど」

「立派なルール違反よ」


不毛な言い合いだと知りながらも言い返すと、原口くんが苦笑した。


「恋人ならキスくらいするだろ?それに、今日はハロウィンだし」

「恋人でもお試し期間でしょ。大体、どうしてここでハロウィンの話になるのよ」

「ほら、“Trick or treat!”的な感じで」


そこでははっと笑った原口くんに、大きなため息が漏れた。


……だから、『付き合うって言わないならキスする』って?
ばかじゃないの……。


心の中で悪態をつきながらも、もう反論は出てこない。
代わりに今日からの一ヶ月間へのため息が落ちて、とてつもなく気が重くなった。


「飯、食いに行くか」

「ご馳走してくれるならね」

「彼女に出させるつもりはないよ」


紳士的ににっこりと微笑まれて、思わず胸の奥が高鳴った。早くも懐柔されてしまいそうな自分に、燻っていた不安が大きくなる。


「……私のどこがいいのよ、まったく」


資料室のドアノブに手を掛けた大きな背中にボソッと呟くと、顔だけで振り返った原口くんに柔らかい笑みを向けられた。


「理不尽な状況でも、ちゃんと相手の話を聞くところ。だから言っただろ、お互いを尊重し合えるって」


そして、彼は愛おしげな瞳で私を見つめた。

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