Trick or Love?【短】
「えっと……」


店内の雰囲気を窺って言い淀む私に、原口くんが苦笑する。これからの会話は、狭い上に人が少ない居酒屋で話せるような内容ではない。


ふっと破顔した原口くんは、私よりも早く立ち上がってレジに向かった。それから、さっさと会計を済ませた彼とお店を出たところで、用意していた財布を制されてしまった。

あの日から原口くんとの食事ではずっとご馳走になっていることに戸惑いながらも、この後の押し問答の結果はよくわかっている。頑固な私以上に折れない彼は、いつもどうしたって食事代を受け取ってはくれない。
申し訳なさから素直に喜ぶことはできなかったけど、いつものようにお礼を告げた。


「コーヒーでも飲まない?たまにはご馳走させてよ」

「それはまた今度な。今日はもう行くところを決めてあるから」

「え?」

「心配するな。静かで、落ち着いて話せるとこだから」


言い終わるよりも早く歩き出した原口くんを追いながら行き先を尋ねてみたけど、さっきと同じような台詞を返されただけではぐらかされてしまった。


一体、どこに行くというのだろう。
考えても思いつかなかったのは、この一ヶ月間で原口くんと行った場所がたくさんあるから。

平日は同僚に見つからないように待ち伏せされたり、強引に誘われたりして、ボーリングやバッティングセンターといったアクティブな施設で遊んだかと思えば、隠れ家のようなバーやレトロな喫茶店に行ったこともあった。
休日に会ったのは三回だけど、行き先を決めずにドライブをしたこともあれば、映画館やオシャレなカフェレストランに連れて行かれたこともある。

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