Trick or Love?【短】
「後者は却下。でも、質問には答えてやるよ」


思わずゼロ距離の壁に体をグッと付けると、原口くんが僅かに体を寄せてきた。
もう充分過ぎるほど近い距離にいるのに、更に近付かれてジリジリと追い詰められていく。

逃げ場がないという現実に、心拍数が上がる。それでも、必死の思いで視線を逸らさずに原口くんが口を開くのを待っていると、彼の唇が弧を描いた。


「理由は、中内とならちゃんとお互いを尊重し合えると思ったから」


好きや嫌いといった感情論ではない、理由。
こういう時はまず感情を伝えるものだと思っていた私には、少しばかり理解し難いものだった。


「……こういう時って、先に“好き”とか伝えるんじゃないの?」

「なに?言って欲しいわけ?」

「そういうわけじゃ……」


言葉を濁すと、原口くんがどこか呆れたように微笑んだ。


「女って、そういうの求めるよな」


そのため息混じりの一言に、ばかにされたのかと思ってムッとした。だけど、抗議をするのは原口くんの話を最後まで聞いてからでも遅くはないと思い留まり、彼の瞳を見つめ返す。


「そもそも、『付き合って欲しい』って伝えてる時点で恋愛対象として見てるってことなんだから、俺はあえて言うつもりはないよ」

「でも、言わなきゃわからないじゃない」

「じゃあ、お前なら同じ部署で毎日顔を合わせる相手をわざわざ選んで、冗談や暇潰しでこんなことするのか?」

「それは……」


確かに、一理ある。
同僚相手にこんなことをするなんて少なからずリスクがあるし、そもそも原口くんがそれほど女に飢えているようには見えない。

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