恋は死なない。



出かけるときには、初夏の晴れた空から照り付ける太陽がじりじりと熱いくらいだったのに、天気はあっという間に急変して、佳音が郵便局を出るときには、厚い雲に覆われ辺りはどんよりと暗くなった。


――……わ、降ってきそう。


荷物を発送した後でよかったと思いながら、工房への道を急ぐ。けれども、工房にたどり着く途中で、大粒の雨が落ち始めた。

雨の匂いが立ち込め、視界さえも見通せなくなる。佳音はたまらず、開店前でまだシャッターの閉まった居酒屋の軒先に駆け込んだ。


荒くなった息が落ち着く間もなく、佳音と同じように、そこにビジネススーツの男が駆け込んでくる。

顔を確かめる前に、佳音の心臓がドキンと反応した。
その男も、佳音を見て目を丸くする。そしてひと息つくより前に、佳音に微笑みかけた。


「……急に降ってきたから、ビックリしましたね」


和寿は、肩を上下させながら、優しく語りかけてくれる。
幸世の前では決して聞くことのできないその言葉の響き方に、佳音の胸がキュンと痺れた。その感覚に耐えながら、ほのかに同意の意味の笑みを浮かべる。


「今日は、次の会議までに少し時間が空いたので、ちょうど工房へ行こうと思っていたところでした」


それを聞いて、佳音の中にチクンと痛みが走った。
「もう会わない」と、この前固めた決意が、佳音の心に過る。




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