恋は死なない。
「ちなみに、今日は手ブラです」
佳音の決意など知る由もない和寿は、そう言いながらおどけるように肩をすくめて笑った。
その笑顔を見て、佳音の心の中の決意が揺らぎそうになる。
今のまま何も告げなかったら、和寿との楽しい時間を過ごすことができるだろう……。この愛しい笑顔に、まだ何度かは会うことができるだろう……。
「あれから、海外への出張なども入って忙しくしてて、しばらくご無沙汰でした。森園さんは、お変わりありませんか?」
いつものように語りかけてくれる和寿の穏やかな声を聞きながら、佳音は唇を噛んで思い迷った。
……でも、一緒にいられる刹那的な時間の先には、何もない。これ以上、和寿と一緒にいても何も生み出せない。却って後からもっと辛くなるだけだ。
それに何よりも、このままこういうことを続けていたら、和寿の周りの人間がそれに気づいてしまうかもしれない。そのことが幸世やその父親の耳に入りでもしたら、和寿の立場に関わり、彼自身のためにはならない。
和寿は、自分の問いかけに佳音が答えないので、水滴がついた顔から笑みを消し、問い直すように佳音の表情を確かめた。
考える佳音からは、依然として何も言葉が出てこない。
激しく打ち付ける雨音に取り巻かれて、佳音にはいっそう追い立てられているように感じられた。