恋は死なない。



佳音は、噛んでいた唇を緩め、覚悟を決めるように一息深く吸い込んで、口を開いた。



「……もう、工房へは来ないでください」



佳音の心の奥底では反対のことを叫んでいるのに、口の方が意思に反して勝手に動いているみたいに感じた。


和寿の表情が佳音の言葉に反応し、途端に暗く曇っていく。
和寿も黙ってしまい、二人の間には言葉が消え、おびただしい雨粒が落ちる音だけが辺りに満ちていた。


和寿は真剣な目で佳音に向き直り、沈黙を破って切り出した。


「なにか……、僕は気に障るようなことをしましたか……?」


そんなふうに和寿が自身のことを責めてしまうと、これまで和寿が示してくれた親切を踏みにじっているようで、佳音は申し訳なさで胸が押しつぶされそうになる。

加えて、愛しい人から離れていかなければならない現実に、心が悲鳴を上げて、あまりの切なさに目には涙が浮かんでくる。


「……そうじゃありません。古川さんがなにかしたとか、そういうことじゃないんです。ただ、このままだと、……戻れなくなってしまうんです……」


どこに戻れないというのだろう……。
こんな説明の仕方では、和寿には何も伝わらないと、佳音は思った。けれども、今ここで自分の心のすべてを、吐露するわけにもいかない。



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