恋は死なない。
「そうですか。それでは、当日は麻酔から完全に覚めるまで、休んで帰られた方がいいですね」
そう言いながら、看護師は一枚の用紙を差し出した。それは、手術に関する“同意書”だった。
「この同意書に、ご自分の名前を書いて、それと赤ちゃんの父親からも署名をもらってきて下さい」
「……赤ちゃんの父親……?」
自分一人でこのことは終わらせようとしていたのに、父親のことを持ち出されて、佳音は戸惑った。
「ええ、赤ちゃんの父親もきちんと同意してくれていないと、人工中絶手術はできません」
看護師のその言葉は、まるで佳音を打ち付けるように、佳音の身体中に響き渡った。
赤ちゃんの父親は、紛れもなく和寿だ。
もちろん、和寿には知られるわけにはいかないけれども、もし和寿が、二人の間の子どもを堕ろそうとしていることを知ったら、どう思うだろうか。
子どもが生まれることで起こりうる問題ばかり考えていた佳音の意識が、突然、和寿のことで埋め尽くされていく。
この世の何よりも大切で、愛しい和寿――。
自分の中にある存在は、まさにその和寿の命の一部で、和寿そのものだ。あの夜、心から和寿に愛されたことの証として、息づいてくれた大切な命だ。
自分は今、愛する人がくれたかけがえのない命を、殺してしまおうとしている――。それはとても小さな命だけれとも、「生きよう」と健気に胸の鼓動を刻んでいた。