恋は死なない。
このお腹の子どものことを、自分一人で決めてしまってもいいのだろうか。
この小さな命は、佳音だけのものではなく、和寿のものでもある。自分の命の一部がこの世に息づいたことを、父親である和寿も知っておくべきではないか……。
そうは思ってみたが、佳音は和寿に連絡する手段を持ち合わせていなかった。依然として、和寿の住所はおろか電話番号もメールアドレスも知らない。
和寿とのつながりは、和寿が気が向いたときに工房に来てくれるだけの、本当に希薄なものだった。佳音もそれ以上を求めてはいけない気がして、あえて聞き出そうとはしなかった。
それでも、佳音の記憶の中にあるものが、意識をかすめた。工房へ来た幸世がしていた会話の断片から、ある程度のことは推測できる。
和寿が勤めるのは大きな食品会社。会社帰りに、佳音の工房に立ち寄れる場所。……そして、和寿のスーツの上着の襟にあった社章。
思い当たる会社は、一つしかない。
佳音も当然知っているような、有名な会社。ゆくゆくは和寿がその会社の社長になるなんて、改めて佳音は息を呑んだ。佳音には想像もつかないけれども、それは現実になるに違いない。
もともと和寿は、佳音とは住む世界の違う人間。もう二度会うことはないと心に決めていたのに、運命はどこまで佳音と和寿を翻弄するのだろう。