恋は死なない。



しかし、円香は佳音を見て、手足を活発に動かしながら、嬉しそうにニッコリと笑った。女の子ながら、父親似のその笑顔に促されるように、佳音はそっと手を伸ばす。
恐る恐る円香の腕を持って、先ほどの古庄がやっていたことを思い出しながら、パジャマの袖に腕に通した。


赤ちゃんの体は、柔らかくて、小さくて……、つぶらな瞳は本当に無垢で……、その守ってあげなければならない存在に、佳音の心が無条件に震えた。

佳音のお腹の中にいる子どもも、この次の春には生まれる予定だ。きっと来年の今ごろは、この円香と同じくらいになっているはずだ。


『父親って赤ん坊にはすぐ忘れられてしまうんだ』


先ほどの古庄の言葉が、佳音の心によぎった。
佳音の子どもは、父親を忘れるどころか、初めから父親の存在を知ることもない。父親の愛を受けられないどころか、家庭という安らかで温かい場所さえも持てないかもしれない。


目の前にいる幸せな円香を見つめながら、佳音の思いはお腹の中の子どものことでいっぱいになり、その不憫さに、目には思わず涙が浮かんだ。


「佳音ちゃん、円香を見ててくれて、ありがとう。お風呂、一番最後になっちゃったけど、入って」


そのとき、真琴から声を掛けられて、佳音はハッと我に返る。目を瞬かせて、必死で涙を隠す佳音を、真琴はじっと見つめた。


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