恋は死なない。
「……赤ちゃん……?」
その事実を初めて知る魚屋の夫婦は、目を丸くして言葉を潰えさせた。
三人からの視線を受けて、佳音は何も言葉が出てこなくなる。言葉の代わりに封印していた涙が、意識もせずにこぼれ落ちていた。
「……ごめんなさい。赤ちゃんのこと、言っちゃいけなかったわよね?」
商店街の人々にとっては、初めて見る佳音の涙だった。その涙を見て、花屋の店主がとっさに謝った。
佳音は反射的にまた首を横に振ったが、溢れてくる涙をどうにも止められず、うつむいて両手で顔を覆った。
そんな佳音を見て、魚屋のおじさんはおろおろとうろたえてしまって、何も言葉がかけられない。
「大丈夫。言いたくないことは言わなくていいから。ちょっと落ち着くまで奥で休んで行って」
魚屋の奥さんが、佳音の肩を抱いて、店の奥へといざなってくれる。優しくされただけで佳音の心は震えて、もっと溢れてくる涙を、佳音は壁際の椅子に座って拭い続けた。その様子を、三人はじっと黙って見守ってくれていた。
「……お腹の赤ちゃんは、その人……古川さんの子です」
しばらくしてようやく涙の止まった佳音は、顔を上げて語り始めた。
「でも……、古川さんは私の彼氏でもなんでもなくて、今頃は……会社の副社長さんの娘さんと結婚しているはずです。私は、その娘さんが結婚式で着るドレスを作っていました」