恋は死なない。
魚屋の奥さんと花屋の店主が、そのドレスの美しさに感嘆の声を上げる。
それは、つい数か月前まで、佳音が毎日手掛けていたドレスだった。佳音は両手でそれを受け取って、懐かしい手触りを感じて、硬直していたすべての感覚が目を覚ました。
きちんと目を開いて和寿に視線を合わせ、今起こっていることはどうやら現実らしいと、佳音はやっと認識できた。
「……あの日、君の工房から追い出されて、僕は思い知ったんだ。きちんと身辺を整理しないと、君には受け入れてもらえないって……。だけど、君を巻き込まないためにも、君がこのドレスを作り上げて、納めてくれるのを待つしかなかった。それから、あの人との結婚のことや会社のことを何とかして……。だから、戻ってくるのが遅くなってしまって……」
和寿は簡単だったことのように言っているが、婚約を破棄して結婚式を取りやめることも、将来社長になるべき役を任されている会社を辞めることも、佳音が想像もできないほど相当な苦難があったに違いない。
それでもそれを成し遂げて、今、佳音の目の前に立ってくれている。
だけど、佳音はなんと言えばいいのか分からなかった。いろんな感情が交錯して、胸が詰まって、どのように反応したらいいのかさえも分からない。佳音は泣くこともできずに、ただ唇が震わせるだけだった。