恋は死なない。



このままでは、真綿のような幸せに包まれていても、硬く凍ったものをずっと抱え続けて生きていかなければならない。


「さっきも幸世さんが言ってた。あなたは夢を叶えるために、会社を辞めたんだって……」


和寿の手を握る佳音の手に、思わず力が入る。
その瞬間に和寿は、弾かれるようにやっと理解した。ずっと気になっていた、佳音の笑顔のかげりの原因を。


「あの人や副社長には、本当のことを言えなかっただけだよ。君を巻き込みたくなかった」


和寿は足を止めて、真面目な顔をして佳音に向き直った。けれども、そんな言い訳のような説明では、佳音の胸のつかえは到底消えてなくならなかった。


「私を庇うためだけじゃないでしょう?和寿さん、前に、私に言ってくれた。『ケーキ職人』になりたいって。頭の中で思い描いてるだけじゃない、本当に叶えたいと思っている夢だから、あの時ケーキを作って告白してくれたんでしょう?」


真剣に訴えかけてくる佳音に対して、和寿も余裕のある表情ができなくなった。心の奥に押し込めて、忘れようとしていたものを、佳音に揺り動かされて、和寿は何も言えなくなる。


そんな和寿を、佳音はしばらくじっと見上げて、その心の中を思いやった。そして、そこにひとつの可能性を見つけ出して、切なそうに唇を震わせた。



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