恋は死なない。



「……赤ちゃんができたから?諦めようとしてるの?」


佳音に心の中の真実を突かれて、和寿は黙ったまま苦悩を漂わせた眼差しで、じっと佳音を見つめ返した。そして、唇を噛むと、思い切ったように語り始めた。


「僕が夢を叶えるといっても、これから勉強して修行をして、それで生計を立てられるようになるのは、何年先になるか分からない。その間、ずっと君に苦労をさせる。子どもだって、ちゃんと育てられるか分からない。……でも、今までのキャリアを生かせば。前に、他社からヘッドハンティングの話をもらったことがあるんだ。そのときの仲介の人に頼めば、もしかしたらいい条件の仕事に就けるかもしれない」


和寿の話を聞きながら、佳音は思った。たしかに、子どものためには、“安定”を求めるべきなんだろうと。
だけど、佳音の心には、痛みが走る。その痛みがあまりにも切なくて、涙が滲んでくる。


「これまでと同じように会社に勤めて、同じ生活をするっていうこと?あなたは、また自分を犠牲にして、また寂しい作り笑いをするの?」


佳音が泣きそうな顔をして、震える唇の間から言葉を絞り出すと、和寿は愛おしそうに佳音を見つめて微笑んだ。


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