恋は死なない。
でも、佳音はそれにどう応えていいのか分からない。同意するように頷くだけで、何も言葉が出て来てくれない。和寿に対して、どこまで心を許していいのか、測りかねていた。
「ちょっと足を延ばして」行けるようなところに、和寿は住んでいるのだろうか…。だから、偶然が重なってこんな風に、出会ってしまうようなことが起こるのだろうか…。もしかしてこれまでも、あの本屋などですれ違ったりしていたのかもしれない…。
佳音はそんなことを考えながら、足元を見つめ、工房への道を歩む。目を上げて、和寿がどんな顔をしているのかなんて、確かめる余裕もなかった。
「…佳音ちゃん!」
その時、大きな声で呼び止められ、佳音はビクンとして立ちすくむ。同時に和寿も歩を止めると、魚屋のおじさんが手招きしていた。
「これ、アサリ。仕入れすぎたから、持って行きな」
他のお客さんに聞こえないようにヒソヒソと話しながら、アサリの入ったビニール袋を渡してくれようとする。しかしそこで、隣にいる和寿の存在に気付いた。
「なんだ、今日は彼氏も一緒かい?それじゃ、二人で食べるんなら、もう少し増やさねーとな!」
と、袋の口を再び開いて、アサリを大きな手で一掴み放り込んだ。