恋は死なない。
和寿は、どこかの店に食事に行くのではなく、ここで一緒に夕食を食べようと持ちかけてきた。
「一人で寂しく」などと言われてしまうと、佳音の方も断りにくくなってしまう。
「……古川さんが、ここでお料理なさるっていうことですか?」
佳音は直立したまま大きな目を真ん丸にして、和寿に問い返した。
「あの魚屋さんでもらったアサリ、僕の分も入れてくれてましたよね?」
「………!」
佳音はさらに目を大きくして、和寿を見つめ返した。そんな素直な表情を見せてくれた佳音に対して、和寿は余裕の笑顔を見せる。
「それじゃ、僕は食材を買い足しに行ってきます」
テーブルに手をついて立ち、軽快な足取りで玄関へと向かうと、カノンのオルゴール音を響かせながらドアを開けて出て行った。
オルゴール音が消えてしまった後も、佳音はまだ状況をはっきりと把握できなくて、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
和寿は帰ってしまったのではない。あのドアを開けて、またここに戻ってくる。
現実にようやく気が付いて、佳音はパターンの修正作業はそのままに、慌ててキッチンへと走り出す。
普段あまり料理という料理はしないので、激しく汚れてはいなかったが、ここは普段お客さんの目につくところではないので、掃除がなおざりになっていることは否めない。こんな生活感丸出しのキッチンに、和寿を通すわけにはいかない。