恋は死なない。



和寿は目を閉じて佳音の言葉を聞き、何度もそれを噛みしめて胸の奥深くにしまい込む。
それから、瞳を開くと共に再び語り始めた。


「………確かに、家族はバラバラにはなりませんでしたが、…僕はその日から、兄と二人分の期待を背負わなくてはならなくなりました。『兄さんのように』それが両親の口癖でした。兄がやっていたテニスを始めて、一生懸命勉強もしました。兄のようになりたいけれど、それが僕にはいささか荷が重くて…、K大学を受験しても結局は不合格でしたし。でも…、その期待を裏切ることも出来ずに、今まで頑張ってきました」


同じように兄弟を亡くした哀しみを経験して、和寿は和寿なりの苦しみを抱えて生きてきたのだ…。
そのことが、佳音の胸にじんわりと染み通った。


「期待に応えるのは、周りが思っている以上に大変なことなんですよね。でも、その努力が報われましたよね?…近い将来、社長さんになることを約束されてるんですから、ご両親も喜んでいらっしゃるんじゃないですか?」


佳音が今の自分の境遇を知っていることに、和寿は少し驚いて言葉を逸する。けれども、自分自身を改めて省みて自虐的に薄く笑った。


「……むしろ、僕は森園さんが羨ましいです。こうやって、ご自分の夢を実現させて…。僕は目の前にあることに一生懸命向き合ってきた結果、傍目には幸運を掴んだように見えるかもしれませんが、でも本当は、言いたいことやりたいことの一つも満足に主張できないまま、流されて生きてきただけなんです」



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