恋は死なない。
こんな言い方では、この男はあきらめて帰ってくれない。これまで何度も気がない返事をして断っているのに、この男は性懲りもなくここへやって来る。
いい加減うんざりして、佳音は心の中で苦虫を噛み潰した。それでも、その心の内の嫌悪感をすべてさらけ出して、逆切れされて居直られても怖い。
「そんなこと言って、一杯くらいなら飲めるんだろ?これ、すごく上等なワインなんだぜ?」
そう言いながら上がり込もうとする謙次に、佳音の心臓が跳び上がった。この男とこの工房で、二人きりになるなんてとんでもない。
「こんな時間に、家族でも彼氏でもない人を入れるわけにはいきません」
不安でドキドキと胸の鼓動が大きくなるのを感じながら、佳音はとっさにそう言って引き留めた。
「……彼氏って?佳音ちゃんに、彼氏なんていないだろ?それじゃ、今日だけでも俺を彼氏にしてよ。だったら、問題ないじゃん」
こんなことを言い出した謙次に対して、佳音はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。このままでは本当に、この男に上がり込まれてしまう。
佳音は怖くてたまらなくなった。
いっそのこと、この男の脇をすり抜けてここを飛び出して、誰かの助けを求めに行こうかと、衝動が湧き起こってくる。
そのとき、謙次の背後に、ワイシャツにネクタイ姿のスラリと長身の男が現れた。